第107回 短時間睡眠で済む遺伝子が発見された
日本では毎年、厚生労働省が全国から無作為で抽出した成人約7000人を対象に、生活習慣や食生活を調査する国民健康・栄養調査が実施されている。その調査結果を見ると、日本の成人の睡眠時間は減少傾向が続き、普段の睡眠時間が5時間未満と答えている人の割合は実に8.5%に達している。しかし、この中には(本人が気付いているかどうかは別にして)昼寝や寝だめで辻褄を合わせながら平日5時間未満の睡眠でやり繰りしている人や、不眠症その他の睡眠障害によって睡眠が短縮している人も多数含まれている(むしろ大部分だろう)。
さて、そのような極めてレアなショートスリーパーが多発する家系が米国で見つかり、カリフォルニア大学を中心としたグループが高度なテクニックを駆使して原因遺伝子までたどり着いた。第10染色体上にあるβ1アドレナリン受容体遺伝子(β1-adrenergic receptor gene; ADRB1)と呼ばれる遺伝子のある塩基に突然変異が生じると睡眠時間に変化が生じることが明らかにされた。
たった一つの家系から原因遺伝子を見つけることができたのは、短時間睡眠という特徴が常染色体優性遺伝形式で現れたからである。つまりADRB1は、男女関係なく2組ある遺伝子のうちの片方に突然変異が生じると高確率で短時間睡眠となる影響力の強い遺伝子であることを意味している。
この研究グループはさらに、この突然変異によって、ADRB1から作られるタンパク質を構成するアミノ酸の一部がアラニンからバリンに置換されることでタンパク質機能が変化する結果、睡眠時間が短縮することを動物実験で証明している。ADRB1は睡眠や覚醒を調整する神経が集中する「橋(Pons)」と呼ばれる部位で多く存在し、脳を覚醒しやすい状態にしているらしい。
今回ショートスリーパー家系で見つかったADRB1の突然変異はすでに遺伝子データベースに登録されており、その発生頻度は10万人当たり約4人とかなり稀な変異であることも判明した。先にも書いたように、真のショートスリーパーが人口中にどの程度存在するか分かっていないが、ごく稀に存在するショートスリーパーの一部がADRB1の突然変異を保有している可能性がある。
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