第117回 その“ぐっすり眠れない”は「不眠症」ではなく「睡眠不足」かも

 実際、不眠を訴えて受診してくる方の中で、治療によって①〜③の不眠症状がある程度改善しても熟眠障害が持続して満足できない人が少なくない。ところが、熟眠障害だけが残存するケースをよく調べてみると、実は睡眠不足が原因であることが多い。すなわち不眠治療だけでは解決できないのだが、ご本人は不眠症状だと信じて疑わず「ぐっすり眠れる薬をください」と食い下がるし、医者の方も診断基準に熟眠障害が不眠症状として挙げられているので、効果が出るはずもない睡眠薬を取っ替え引っ替え悪戦苦闘することが珍しくなかった。

 このような経緯から、熟眠障害の取り扱いをどうするか論議が続けられていたが、最終的に不眠症の診断基準から「退場」を命ぜられることになった。睡眠障害のスタンダードな診断基準である米国睡眠医学会が編集した“睡眠障害国際分類”がその端緒を切った。1990年にその初版が発行されて以降、約10年に一度のペースで改訂されてきたが、2014年に発行された第3版で不眠症の診断基準から熟眠障害が削除されたのである。その理由は、不眠症以外の原因でも生じる非特異的な(鑑別診断に役立たない)症状であるため、普段の診療で誤診を招くだけではなく、新しい睡眠薬の治験や疫学調査などでも悪影響が生じかねないからである。

 診断基準が改訂されたからといって不眠症の診断が楽になるわけではないが、「そのだるさ、本当に不眠症状ですか?」という教育的な効果はあったと思う。実は診療に一手間かければ睡眠不足と不眠症の診立てはさほど難しくない。平日と休日を含めて2週間ほど日々の睡眠習慣を睡眠日誌などで記録してみるとよい。睡眠不足が強ければ週末や休日の寝だめ(リバウンド)が見られるし、不眠症が主体であれば日々のストレスに睡眠時間が影響されつつも総じて睡眠時間は短く、寝だめは目立たない。

 毎日多数の患者を診察しなくてはならないかかりつけのドクターが短い診察時間内で睡眠日誌の記録を参照して指示するのは簡単ではない。ご自分の睡眠に不安を感じる人は睡眠の記録を付けて主治医に相談してみてはどうだろうか。最近では睡眠パターンを簡単に見える化してくれるスマホアプリやアップルウォッチのようなデバイスもあるので利用すると良いだろう。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。