第32回 時差ボケは忘れた頃にぶり返す

1)睡眠不足、低気圧、アルコールなど

 成田空港を夕方18時に離陸したK氏は機内で一晩を過ごした。機内サービスのビールとワインを多めに流し込んだがよく眠れない。機内ではどうしても眠りが浅く睡眠不足になりがちだ。アルコールも寝つきは若干良くなるが深い眠りはむしろ減らしてしまう。また、機内は0.7〜0.8気圧(富士山の5合目程度)のため血中酸素濃度も地上の70~80%まで低下する。微細な振動による乗り物酔いもでる。このように心身の不調がでやすい下地ができあがってしまうのである。

2)体内時計と生活時間のズレ

 さてここからが本番。NYのジョン・F・ケネディ国際空港までは直行便で時差とほぼ同じ約13時間かかる。NYは夕方18時だが、機内は低照度だしアイマスクなどもしていたのでK氏の体内時計は日本時間の朝7時のままである。

 ここで豆知識1だが、脳内にある体内時計システムのマスタークロック(視床下部の視交叉上核)は、渡航先でお日様を浴びることができれば日光-網膜-視交叉-視交叉上核ルートを介して遅くとも数日で現地時刻にリセット(リズム同調)される。ここら辺は「第13回 もっと光を! 冬の日照不足とうつの深~い関係」でも詳しく解説したのでご興味があればご参照ください。この知識を前提にK氏の様子を見に戻ろう。

 さて、ホテルにチェックインしたK氏だが、近場のレストランで遅めの夕食を終えるとすでに23時、本日の日程は終了である。トホホ。NYではまともに太陽光も浴びていないので体内時計はまだ日本時間のままである。ベッドに潜り込んだK氏だが「全然眠くない!」。そりゃそうだ、だって体内時計はまだ正午なんだもん。

 それでも睡眠不足と疲労の助けもあってどうにか寝ついたK氏であったが、朝までの8時間はウツラウツラの連続であった。外は夜だが体は昼間。体内時計の指示で交感神経は活発、脳温は上昇、覚醒を促すホルモンは出っぱなしで、なかなか睡眠が深くならないからである。

 だが、翌日の取引相手との会議では、逆に外が昼間でも体は夜。眠気と集中困難で得意の英語も駆使できず、今ひとつ不利な条件で商談をまとめてしまった。こりゃ部長にドヤされるな……ちょっとブルーなK氏であった。

 時差ボケとは、このように体内時計と渡航先の社会時刻(生活リズム)との間に乖離が生じ、心身の機能を十分に発揮できない状態と思っている人が多いのではないだろうか。体内時計と外部時刻のズレは「外的脱同調」とも呼ばれる。

 ところが、これは初期症状に過ぎず、NYで数日過ごすうちさらに奇々怪々なことがK氏に起こり始める。

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