第116回 昼寝の寝つきが8分以内は要注意、病的な眠気の可能性も
図は、米国ミシガン州の地域住民から無作為に選んだ259名を対象にしてMSLTで測定した平均睡眠潜時の分布である。
この地域の住民の平均睡眠潜時は11.4分。別の実験で、健康な成人が「連続5夜、一晩8時間就床」して十分に睡眠を取った後の睡眠潜時とほぼ同じであることが明らかにされている。つまり、ミシガン州の平均的な住民では睡眠不足がほとんどないことが分かる。ちなみに、「連続14夜、一晩10時間就床」して睡眠不足を完全に解消したら、平均睡眠潜時は16分台であったそうだ。
日本人を対象にした同種の調査はないが、一般の勤労者で測定したとすれば、どうひいき目に見ても「連続4夜、一晩6時間就床」時の睡眠潜時に相当する8分台が関の山ではないだろうか。電車の中で、座った姿勢でもあっという間に寝落ちをしてしまうような人は、静穏な暗室内でMSLTを受ければ数分で入眠してしまうことは間違いない。
一晩の断眠(徹夜)をした人の平均睡眠潜時は約2分と言われるが、そこそこの睡眠不足でも連日になると、一晩の断眠と同等の大きな睡眠負債を生じることも過去の研究から明らかになっている(第9回「眠気に打ち克つ力 その3 ―知らぬ間に膨れあがる寝不足ローンにご用心」)。
強い眠気を生じる睡眠・覚醒障害の診断にもMSLTは用いられる。現在の診断基準では平均睡眠潜時が8分以下であれば、日常生活に支障を来す病的な眠気があると診断される。例えば、夜間睡眠を十分にとっていても日中に強い眠気が生じる過眠症(ナルコレプシーがその代表)や、睡眠の質が著しく低下する重度の睡眠時無呼吸症候群患者では睡眠潜時が2、3分を切ることも珍しくない。
私が診察した平均睡眠潜時が1分だったナルコレプシー患者の場合、自転車に乗っている途中で眠り込んで停車中の車に追突したり、プールで泳いでいる途中で眠って水を飲んでしまうなどの信じられないようなエピソードを語ってくれた。
激務で知られる米国の麻酔科の研修医を対象にした研究では、平均睡眠潜時は約5分だったそうである。これは中等度以上の睡眠時無呼吸患者の眠気とほぼ同等である。手術中の患者の状態を注意深く観察し、臨機応変な対応を求められる麻酔科医がこのような眠気を抱えたまま、あなたの手術を担当していると考えたらどうだろう。ちょっとゾッとするのではないだろうか。
残念ながら、MSLTはどの病院でもできるという一般的な検査ではない。睡眠・覚醒障害の専門医療をしている医療機関でなければ行うことが難しい。長距離運転のドライバー、新幹線や飛行機の操縦士、高所での作業を伴う建築作業員など眠気による重大事故のリスクに直面している人々は多い。脳波の計測や解析技術が進歩して、血圧計のように自分の眠気の強さを簡便に測定できるようになればその恩恵は大きい。
つづく
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(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま かずお)
1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。
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