第106回 夜勤の発がん性リスクは個人の問題? 危険な除草剤と同レベル

 社会的な影響の大きさから、交代勤務については2007年の初回認定後もIARCの作業部会による検討が続けられ、2019年6月にグループ2Aとした2007年の認定を支持するという最終的な評価が報告された。前回は主に乳がんに関する疫学データを元に認定されたが、今回は前立腺がんおよび結腸直腸がんについてもある程度十分な臨床データがあると評価されている。

 また、前回は「サーカディアンリズム(概日リズム)を乱す交代勤務 shift work」であったが、今回は深夜業に従事しているリスクを明示するために「サーカディアンリズム(概日リズム)を乱す夜勤 night shift work」に名称を変更した。もちろん交代勤務には時差ぼけを生じうる航空業務の従事者も含まれている。

 飽食による肥満、大量飲酒や喫煙に起因する病気などと同様に、夜勤や時差飛行はヒトの睡眠生理に反した自己選択的な行動なのだから、それによって生じる心身の不調も自己責任であるという意見もある。だが、夜勤者の多くは好むと好まざるにかかわらず、業務上必要だから従事しているのであり、私たちは大なり小なりその恩恵に与っている。IARCの勧告を真剣に捉えれば、デンマークと同様に、夜勤者の健康リスクやその対策について考える必要が出てくるだろう。除草剤だけが大騒ぎされるのはフェアではない。

 労働者の2割以上が深夜業に従事する日本でデンマークと同様の補償を実施した場合、どれほどの税金を投入することになるか想像もつかない。夜勤による健康被害を幅広く捉えると、がん以外にも生活習慣病や眠気による交通事故など多岐にわたることから将来的に巨額の社会保障費を要することは想像に難くない。

 夜勤手当が出ているじゃないかと言われるかもしれないが、夜勤手当は深夜に従事する負担に対して会社が任意で支払っているもので法律上の規定は無く、中長期的な健康リスクに対する「保険」や「補償」ではない。現在は夜勤で体調を崩しても個人的な健康問題として済ませ、何らの補償も行っていないが、本当にそれでよいのか? 料金や商品価格に上乗せする形で企業と消費者が負担すべきか、それとも電力や交通も含めて否応もなく受益者となっている国民全体でその一部を抱えるべきなのか(つまり税金)、真剣に考える時期に来ているのかもしれない。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。