第77回 昔は良かった? 照明がなければ人は長く眠れるのか

 実は狩猟民族に限らず、生活が近代化される前までは、一般的に人は夜中に何回か目を覚ます習慣があったという説がある。それはたき火を絶やさないため、家畜が襲われないように見張るため、など必要に迫られた睡眠習慣の名残と考えられている。

 いずれにせよ、「ぐっすり朝まで爆睡」などという睡眠習慣は近代化されて以降の話なのだろう。そういえば、外敵に襲われやすい野生動物では分断睡眠が普通だが、ペットのネコやイヌが腹を出して長時間爆睡している写真や動画を見ると、これも名残を忘れたお仲間だなと苦笑してしまう。

 狩猟民族のデータを見ると、現代の暮らしで人工照明がなくなれば少なくとも早寝はできるようになり、寝不足のまま朝を迎える人は少なくなるだろう。しかし、夜長になった分だけ睡眠時間が伸びるわけではなく、中には睡眠の持続性が悪くなり中途覚醒が増えてしまう人も出てきそうだ。

 このパターンは早寝をして夜中の目覚めで苦しむ高齢者によく見られる不眠症に似ている。若い頃からこのような生活が当たり前の狩猟民族では「不眠」という概念自体が希薄だったようだが、現代人にとっては苦痛である。睡眠不足も困るがダラダラ長寝も避けたいところだ。

 個人の必要睡眠時間に合わせてコンパクトに寝床時間を設定した方が中途覚醒も少なく、むしろ睡眠の満足感が得られやすい。不眠症に効果の高い認知行動療法が寝床時間を圧縮するのもこのような理屈による。

 現代の生活では就床環境は格段によい。遮光性、遮音性に優れ、エアコンなどで室温コントロールもできる。狩猟民族では睡眠時間に季節変動が見られ、冬場では夏場よりも1時間近く睡眠時間が長かったのだが、これは日の出から日没までの日長時間や夜間の気温低下が影響していた。またマダガスカルの調査では、同居家族の生活騒音なども中途覚醒の一因だったようである。

 現代生活ではこのような環境要因に悩まされることは少ない。せいぜい旦那のイビキくらいのものである。コンパクトで質の良い睡眠をとるには、これ以上望むべくもない素晴らしい就寝環境が与えられているのである。後はどのように工夫して意識的に睡眠時間を確保するかである。その点については第72回「睡眠時間は固定費です 人は何時間眠ればいいのか」をご参照いただきたい。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。