第29回 “青木まりこ現象”からみた不眠の考察

 不眠症のきっかけは患者によってさまざまだが、いったん慢性不眠に陥ると出だしの原因は関係なくなるのである。たとえ原因が解決しても寝室不眠の条件付けが完成しているため、不眠症が1人歩きを始めてしまうのだ。

 最近、睡眠薬を使わない不眠症の治療法として認知行動療法が注目されている。認知行動療法の目的は慢性不眠症に悩む人々が陥りやすい誤った就床習慣を正すことにある。「眠気がしっかり出てから就床する」「眠れないときは寝室から出る」ことを徹底し、「寝床で悶々として過ごす時間をできるだけ減らす」ことで寝室不眠の条件付けを解除する。自宅で実践するための指南書も何冊か出ている。ご興味のある方は拙著をご一読いただきたい。

 ここで「青木まりこ現象」に戻ろう。

 書便派は排便のたびに読書をすることで「読書 ➡ 排便」という条件付けを獲得した人々ではないかと私なりに推察した次第である。この段階であれば「青木まりこ現象」は起こりえる。

 しかし、何らかの原因で書便派が便秘に陥ると、長時間にわたり便座に座って読書を続けることになる。その結果、「読書や便所という空間」が「便秘で苦しむ」という現象に条件付けられてしまう可能性がある。便便派の誕生である。

 便便派は新宿駅で便意を感じても、近くの書店のトイレに(いや、ついにはコンビニの雑誌コーナー脇のトイレですら)飛び込んだが最後、ようやく直腸近くまで辿り着いた「ウン〇」が一気に引っ込んでしまうという悲劇に遭遇する可能性が高い。そして、諦めて立川方面行きの中央線に乗った直後に、「書店でも便所でもない場所」に身を置いたことから条件付けが解除され、猛烈な便意が再燃するがそこにはトイレはなく、しかも特別快速であったためにしばらく先の駅まで止まらないというWの悲劇に遭遇するのであった。ウーン。

 とにかく、トイレと寝室ではやるべきこと以外はやるべきではない、という教訓を思い出させてくれた「青木まりこ現象」であった。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。