第73回 夜に増える転倒にご注意を、高齢者の1割が骨折
老人ホームに入所中の高齢者を対象にして転倒の有無を約6カ月間にわたり追跡調査した結果、転倒リスクが高い高齢者の順序は以下の通りであったという。
①不眠があるけど治療していない高齢者(不眠のない対照高齢者に比較して転倒リスクが1.6倍)
②不眠があり睡眠薬を服用しているけど治りきっていない高齢者(同1.3倍)
③不眠があり睡眠薬を服用して治っている高齢者(同1.1倍、対照高齢者と有意差なし)
つまり、不眠を治療せずに放置していることが最も転倒リスクが高くなることが分かったのである。ちなみに、この調査では睡眠薬の服用だけでは転倒リスクは高くならなかった(図上段の睡眠薬ありとなしの比較)。これは意外な結果で、今後も検証が必要だろう。ただ、従来の調査では不眠が治りきらず夜間のトイレ歩行が残っている患者が多く含まれ、睡眠薬のリスクを見かけ上引き上げていた可能性もある。当たり前だが、眠れるようになればトイレ回数も減り、転倒も少なくなる。睡眠薬を使う必要がある場合には、特に治療初期の転倒に注意しながらキチンと使って不眠を治す方が安全のようである。
ちなみに、尿意があるから目が覚めるのか、目が覚めるから尿意を感じるのか、どっちなのですかと質問を受けることがあるが、実は明確な答えは出ていない。トイレに行ってもさほど排尿量が多いわけではないのは事実である。膀胱に尿を溜めておく力が弱くなっていること、高齢者では深睡眠が減るため軽い尿意でも目を覚ましやすいことなどから、どちらも関係していそうである。
私事ながら、4月のある夜に転倒して右手首(利き手)を骨折してしまい、1カ月以上も右腕にギプスを巻いた生活を続けている。恥ずかしいので状況の詳細は割愛するが、寝ようと思い消灯してベッドに向かうわずか1mの床面にたまたま置いてあった「丸いモノ」を踏んづけて、バナナの皮で転倒する漫画の登場人物よろしく右手から派手に転んでしまった。睡眠薬によく似た作用を有する市販の飲料を少量摂取していたことも影響していた可能性がある(参考:第44回「寝酒がダメな理由」)。まだ高齢者ではないが、「夜はアブナイ」と感じた次第である。みなさまもご注意ください。
つづく

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま かずお)
1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。
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