第92回 寝不足でキレる! その「脳内変化」が分かってきた
20代の健康な若者に実験に参加してもらい、5日間にわたって8時間たっぷり眠った後と、同じく5日間にわたって4時間しか寝かせなかった後で比べてみると、睡眠不足時には不快な感情刺激(他人の怒りの表情を見るナド)によって気分が悪化しやすく、不安になることが確かめられている。
その時、脳内の神経活動にどのような変化が生じているか機能的MRI(fMRI)で調べてみると、睡眠不足時には先の喜怒哀楽が暴走しないようにするブレーキ(前帯状皮質と扁桃体の間の機能的なつながり)が効きにくくなっていることが明らかになったのである。
普段は気にならないような上司や同僚のちょっとした仕草や表情に悪意を感じ、そしてそれに対する腹立ちがなかなか収まらず、帰宅途中に立ち寄った酒場で悪酔いするようなことがあれば、それは睡眠不足による過剰反応かもしれない。
より最近の研究では、このような脳内の神経活動の変化はわずか2日間程度の睡眠不足でも生じることも明らかになっている。厚生労働省が毎年実施している国民健康・栄養調査によれば、日々の睡眠時間が6時間未満の人が成人の40%、5時間未満の人でも8%に及ぶ。キレ準備状態にある日本人は相当数に上るだろう。すでに世間を賑わせた「キレた人々」の中にもグッスリ眠っていれば怒りをこらえることができたケースがあったのではなかろうか。
つづく
おすすめ関連書籍
あなたの睡眠を改善する最新知識
「ためしてガッテン」などでおなじみ、睡眠研究の第一人者が指南!古い常識やいい加減な情報に振り回されないために知っておくべき情報を睡眠科学、睡眠医学の視点からわかりやすく説明。
定価:1,540円(税込)

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま かずお)
1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。
「睡眠の都市伝説を斬る」最新記事
バックナンバー一覧へ- 第136回 目覚めに混乱や絶叫など、大人でも意外と多い「覚醒障害」
- 第135回 年を取ってからの長すぎる昼寝は認知症の兆候の可能性
- 第134回 睡眠中に心拍数や血圧、体温が乱高下する「自律神経の嵐」とは
- 第133回 朝起きられないその不登校は「睡眠障害」?「気持ちの問題」?
- 第132回 「睡眠儀式」が子どもの寝かしつけに効くワケ
- 第131回 左脳は「夜の見張り番」、“枕が変わると眠れない”わけ
- 第130回 局所睡眠:実はよく使う場所ほど深く眠っている脳
- 第129回 睡眠を妨げる夜の頻尿、悪循環しがちな理由と対処法
- 第128回 「起きるか眠るか」のせめぎ合い、どのように軍配が上がる?
- 第127回 うつが「夜型生活」の避けがたいリスクである理由