過去の調査でも、災害の種類にかかわらず、被災直後には半数以上の人々で不眠が生じることが明らかになっている。例えば、1995年に起こった阪神淡路大震災でも60%、1999年における台湾地震でも69.1%の被災地住民で不眠症状がみられている。地震以外でも、米国の9.11テロ直後に約60%(女性の約80%)が不眠状態に陥った。

 不眠症状は被災直後から出現するのも特徴である。これは不眠が急性ストレス反応の一つであることを考えれば不思議ではない。危機的状況に迫られたとき、人は闘争・逃走反応(fight-or-flight response)を示す。おちおち眠っていては生存もままならない。少なくともごく短期的には眠らないことが危機への対処に役立つというわけである。

 しかし、不眠が長引けば抑うつやヒューマンエラーの発生など負の側面が大きくなる。COVID-19の診療に当たる医療従事者がまさにそのリスクに直面している。

 COVID-19患者のための発熱クリニックまたは病棟を備えた中国国内の34病院に勤務する1257人の医師と看護師を対象にした横断調査が行われた。この調査でも、医療従事者の中に高い頻度でうつ病(50.4%)、不安障害(44.6%)、不眠症(34.0%)、PTSD(71.5%)を疑わせる症状が認められている。

 特にPTSDを疑わせる症状を呈した医療者が群を抜いて多い。この調査では「改訂出来事インパクト尺度(Impact of Event Scale-Revised; IES-R)」という質問紙が用いられており、PTSDを疑わせる症状を呈した医療者71.5%の内訳を見ると、軽症者は36.5%に過ぎず、中等度の症状を呈した者が24.5%、重度の症状を呈した者も10.5%に達していた。

 病床や人工呼吸器の不足だけではなく、医療従事者のメンタルヘルス問題も医療崩壊の一因になりかねないと思わせる深刻なデータである。COVID-19患者だけではなく、心的外傷を負ったこれら医療者のケアも今後の課題になるだろう。

 もちろんこれらはCOVID-19診療の最前線で強度のストレスを受けた医療者のデータであって、そのまま一般の人々に当てはめることはできない。しかし、日々医療現場で疾病と向き合ってきた、あからさまな表現をすれば死や長時間労働に慣れている医師や看護師でも、根治療法がなく先行きの見えない闘いへの不安によってこれほど多くの割合でメンタルヘルスを悪化させている事実は重く受け取るべきだろう。

 短期的にCOVID-19問題が収束に向かってくれればよいが、第2波、3波の流行を予測する研究者もいる。この長期的な闘いを要する点が、短期集中的に生じてその後は復興に取りかかれる自然災害と大きく異なる。COVID-19のような世界規模の広域感染症がメンタルヘルスに及ぼす影響についてはほとんど分かっていないのである。感染症の直接的な影響だけではなく、患者や医療従事者に対する偏見や差別、経済の悪化、ソーシャルディスタンスなど様々な要因も含めて今後も調査が進められるだろう。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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