第11回 睡眠薬の効果は4階建て ー偽薬、侮り難しー
マイナス33分 vs. マイナス11分
これは何の数値でしょう。
ライバルのマラソン選手がそれぞれ1年間に更新したタイム、ではない。答えは過去の幾つかの新薬治験の成績から割り出された睡眠薬の平均的な入眠促進効果である。実薬(本物の薬)だと寝つきにかかる時間が33分短縮するが、偽薬(ニセ薬)でも11分短縮する……、その差は22分。読者の皆さんはどのような感想をお持ちだろうか。
新薬の開発や臨床試験に関わる人間の共通した感想、というか悩みは「偽薬、侮り難し」である。病気の種類や重症度、患者の性別や年齢によっては偽薬との差がさらに縮まることもある。
偽薬でも実薬だと信じて服用すると一定の治療効果が出る現象をプラセボ効果と呼ぶ。プラセボとは偽薬のことで、ラテン語に由来する。プラセボ効果は癌、糖尿病、高脂血症など実に多くの疾患の治療で認められる。例えば、高血圧症やアトピーでも偽薬服用後に血圧の低下(降圧効果)や痒みの改善(抗アレルギー効果)が一定の割合で認められる。
特に不眠、うつ、痛みなど主観症状が主体の疾患ではプラセボ効果が大きい。新薬開発では実薬の治療効果が偽薬のそれを上回ることが求められるが、この勝負、とても大変なのである。というのも降圧剤や糖尿病治療薬の偽薬が小結クラスだとすれば、睡眠薬の偽薬は大関クラスの実力があるから。大関を下すには横綱級の新人を見つけなくてはならないが、人材不足は大相撲と同じである。
ここに有望な新薬候補があったとする。その新薬の効果を確かめるには手間のかかる臨床試験(治験)が必要となる。よく使われる試験方法は「プラセボ対照・無作為化・二重盲検・群間比較試験」である。舌を噛みそうな長い名前だが今日の治験では標準的な試験方法の1つである。
この試験では、新薬成分が入った実薬だけではなく、実薬と見分けが付かない偽薬も用意する(プラセボ対照)。治験に参加してくれる患者をランダムに(無作為に)2グループに分け、片方には実薬を、残る片方には偽薬を服用してもらう。どちらを服用しているか患者にも主治医にも分からないようにして(二重盲検)、一定期間服用した後に症状の改善度を比較する(群間比較)。実薬服用群の方が偽薬服用群より症状が改善していれば試験は成功である。
「睡眠の都市伝説を斬る」最新記事
バックナンバー一覧へ- 第121回 コロナ禍ウシ年の睡眠“ニューノーマル”
- 第120回 「寝言は夢での会話」のウソ
- 第119回 徹夜明けに目が冴えたり爽快感を覚えたりするのはナゼなのか
- 第118回 睡眠不足は立派な「病気」です!
- 第117回 その“ぐっすり眠れない”は「不眠症」ではなく「睡眠不足」かも
- 第116回 昼寝の寝つきが8分以内は要注意、病的な眠気の可能性も
- 第115回 つかめそうでつかめない睡眠と覚醒の境目
- 第114回 新型コロナがむしばむ睡眠やメンタルヘルスの深刻度
- 第113回 新型コロナでも報告例、ウイルス性脳炎では何が起こっているのか?
- 第112回 年を取っても睡眠の深さは同じ、意外と遅い「睡眠の老化」