第135回 年を取ってからの長すぎる昼寝は認知症の兆候の可能性

 その典型例が認知症の原因として最も多いアルツハイマー病である。先の研究に参加した高齢者は、健康な頃から、もしくは認知症を発症してから睡眠ポリグラフ検査などで睡眠の質や眠気の強さをチェックされ、亡くなった後に解剖で脳神経の状態が調べられた。その結果、生前の眠気の強さは脳内の覚醒系神経の変性の程度と密接な関連があったのである。

 覚醒系神経にも様々あるが、抜群の覚醒力を持つ脳内物質であるヒスタミン(結節乳頭核)、ノルアドレナリン(青斑核)やオレキシン(視床下部外側領域)などを作る幾つもの覚醒系神経がアルツハイマー病の患者では死滅しており、その程度が強いほど生前の眠気が強かったのだ。アルツハイマー病では一般的に睡眠の質も低下するが、それを考慮しても眠気との関わりが最も強かったのが覚醒系神経の障害であった。

現在明らかになっている睡眠覚醒システム。赤い丸で示した結節乳頭核(ヒスタミンを分泌)や視床下部外側領域(同オレキシン)、脳幹部の青斑核(ノルアドレナリン)などの覚醒系神経核から出たシグナルは大脳に向かって覚醒をもたらす。詳しい説明は<a href="/atcl/web/15/403964/101400020/" target="_blank">第35回「感染症研究が切り開いた睡眠科学」</a>、<a href="/atcl/web/15/403964/091500127/" target="_blank">第128回 「「起きるか眠るか」のせめぎ合い、どのように軍配が上がる?」</a>を参照。アルツハイマー病ではこれらの神経核が生前早期から障害されているようだ。(画像提供:三島和夫)
現在明らかになっている睡眠覚醒システム。赤い丸で示した結節乳頭核(ヒスタミンを分泌)や視床下部外側領域(同オレキシン)、脳幹部の青斑核(ノルアドレナリン)などの覚醒系神経核から出たシグナルは大脳に向かって覚醒をもたらす。詳しい説明は第35回「感染症研究が切り開いた睡眠科学」第128回 「「起きるか眠るか」のせめぎ合い、どのように軍配が上がる?」を参照。アルツハイマー病ではこれらの神経核が生前早期から障害されているようだ。(画像提供:三島和夫)
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 認知症であれば皆眠くなるかと言えばそうではない。例えば、「進行性核上性麻痺」という認知症を伴う神経難病は、アルツハイマー病と同様に脳内にタウと呼ばれるタンパク質が異常に蓄積することによって生じるのだが、睡眠の質の低下や眠気が少ない。案の定、進行性核上性麻痺では覚醒系神経の障害が軽度であることが明らかになっている。つまり、同じ認知症でも疾患の壁を越えて、生前の眠気と覚醒系神経の機能低下との関連が認められたということだ。

 気になるのは、このような高齢者の眠気が認知症の発症よりもかなり以前から早期兆候として現れているらしい点だ。

 認知症を発症していない高齢者が参加した長期間の追跡研究(コホート研究)がこれまで数多く行われてきた。研究初期から、睡眠時間の短さや不眠症、睡眠満足感が乏しい人が認知症になりやすいことは明らかになっていた。これは認知症の原因となる老廃物を脳外に排泄するシステム(グリンパティックシステム)が主に睡眠中に働くという発見ともあいまって、広く知れ渡るようになった(参考:第61回「脳の掃除は夜勤体制」)。

 一方、日中の眠気と認知症の発症リスクとの関係についても少数の報告があったが、こちらは上述の睡眠の質の低下の“影”を見ているという意見も強かった。しかし今回紹介した一連の研究で、どうやら日中の眠気も、いやむしろ眠気の方が認知症の脳内病変をダイレクトに反映している睡眠現象であることが強く示唆された。

 ハーバード大学が行った最長14年間の追跡研究によれば、研究に参加した高齢者は年齢が進むに従って昼寝の時間や頻度が増えたが、とりわけアルツハイマー病が発症、進行した際にその傾向が強まり、昼寝の時間が年ごとに倍々で増加したという。そして、昼寝が長いほど認知機能が低下しやすいことも分かった。

「日中に眠い」「横になるとすぐウトウトしてしまう」。高齢者からこのような相談を受けると、“ニワトリと卵”論法よろしく「昼寝をしすぎるから夜中に眠りが浅くなって、さらに日中に眠くなる悪循環に入るんです」などの曖昧な説明をすることが多かったのだが、これらの研究結果を見ると、高齢者の強い眠気、長すぎる昼寝は認知症の兆候の可能性も念頭に置く必要がありそうだ。今回紹介した研究に参加した高齢者の多くは60代後半から80代前半である。特にリタイア早々から眠気が強くて心配な場合には、睡眠の質に問題が無いのかも含めて専門医の元で調べて見るのもよいかもしれない。

 認知症の早期発見には役立ちそうだが、何か対策はあるのか? 残念ながら認知症の原因や治療法が解明されていない現時点では特効策は無い。日中に覚醒度が上がるような趣味や運動習慣で過剰な昼寝を減らし、夜間の睡眠の質を高めて昼夜のメリハリを付けることが認知症の予防に有効なのか? この疑問に答えるべく、睡眠習慣の認知症予防効果を検証するための研究が幾つか行われているようだ。その結果に期待したい。

つづく

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三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。