第23回 断眠の世界記録 ラットvs.人間
睡眠物質のプレッシャーに逆らって起き続けていたらどうなるのか? その疑問を明らかにするために、1980年代から90年代にかけて米国の睡眠研究者であるレヒトシャッフェンらは特殊な装置でラットを長期間断眠する多数の動物実験を行った。結果は明白、不運なラットはすべて死んでしまったのである。ちなみに、このレヒトシャッフェンは睡眠ステージ(深度1〜4、レム睡眠)の脳波判定法を開発したことでも有名だ。
断眠開始直後は食事の摂取量が増えて活動量(エネルギー消費量)も増加し、見かけ上は元気に見えた。しかしこれは一時的で、断眠を続けると体重や活動性はしだいに減少していった。また免疫機能も徐々に低下し、微生物による感染が目立つようになり、2週間足らずですべて死んでしまったのである。死因は敗血症(全身の感染症)だったらしい。
「らしい」と書いたのは、実は断眠による死の直接的な原因は確定していないためである。死亡したラットを解剖しても臓器などに死因となる大きなダメージは見つからなかったのだ。その代わり、断眠ラットでは免疫力低下のほかにも、体温低下や副腎皮質ホルモン(ストレスホルモン)が大量に分泌されるなどさまざまな変化が生じていた。これら1つ1つが死につながるリスクであり、また免疫力を低下させる要因でもある。
断眠の悪影響はかなり複雑で、たった1つのキーワードで説明することはできない。睡眠が剥奪されるだけではなく、精神的・身体的ストレスが複雑に絡み合って生体を傷害し、それがある臨界点を超えると死に至ると考えられている。たとえば先の断眠実験では、ラットが眠ろうとすると嫌いな水に落ちて覚醒させる仕掛けであった。ラットは水に濡れるのが大嫌いである。ラットの苦痛や恐怖は大変なものだったろう。残念ながら、これらの周辺要因を除外して純粋に睡眠剥奪の影響を観察する実験方法は今のところ見つかっていない。
「睡眠の都市伝説を斬る」最新記事
バックナンバー一覧へ- 第122回 知られざる子どもの不眠症、とても苦しい「特発性不眠症」とは
- 第121回 コロナ禍ウシ年の睡眠“ニューノーマル”
- 第120回 「寝言は夢での会話」のウソ
- 第119回 徹夜明けに目が冴えたり爽快感を覚えたりするのはナゼなのか
- 第118回 睡眠不足は立派な「病気」です!
- 第117回 その“ぐっすり眠れない”は「不眠症」ではなく「睡眠不足」かも
- 第116回 昼寝の寝つきが8分以内は要注意、病的な眠気の可能性も
- 第115回 つかめそうでつかめない睡眠と覚醒の境目
- 第114回 新型コロナがむしばむ睡眠やメンタルヘルスの深刻度
- 第113回 新型コロナでも報告例、ウイルス性脳炎では何が起こっているのか?