第48回 「悪夢障害」を知っていますか?

 悪夢障害で認められる悪夢は子供の頃から始まることが多く、何十年も悪夢体験が持続することもある。繰り返す悪夢のために、疲労回復感がない、眠気、うつ気分、眠ることへの恐怖などから日常生活に支障が出ることも少なくない。

 逆に、繰り返す悪夢はうつ病や不安障害など何らかのメンタルヘルスの問題を抱えている人に多いとも言われているので要注意。自殺との関係については第43回「自殺と睡眠」でもご紹介した。ただし、頻回に悪夢を経験する人は他者への配慮に富み、寛容で、芸術性や創造性に優れていることが多いとも言われている。感受性が豊かであることも悪夢が増える要因なのかもしれない。

 悪夢との関連が最も有名な疾患は心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder、PTSD)である。PTSD患者の多くではトラウマに関連した悪夢が出現する。半数以上はPTSDの改善と共に悪夢も消褪していくが、重症の人では一生持続することがある。

 PTSDの悪夢はほかの悪夢と発生メカニズムが異なるらしい。というのも、悪夢障害の夢は明け方のレム睡眠中に多いのだが、PTSDの悪夢はレム睡眠だけではなく浅いノンレム睡眠中にも出現するなどの違いが見つかっているためである。

 また、PTSDで悪夢が多い理由については諸説ある。悪夢がトラウマ記憶の消去に役立っている、いや逆にトラウマ記憶を固定してしまうので受傷直後は睡眠をとらせない方が良い、PTSD患者が重度の不眠に陥るのはトラウマ体験を忘れるための自己防衛の一種だ、ナドナド。この方面の研究については機会を改めてご紹介したいと思う。

 悪夢は薬剤でも引き起こされることがあり、発生メカニズムを考える上で貴重な情報となっている。降圧薬(βブロッカー)、パーキンソン病の治療薬(L-ドーパ)、認知症治療薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬)、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬などはその代表である。これらの薬剤は、睡眠調整に関わるドーパミン、アセチルコリン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の働きに影響するという共通した特徴をもつ。この方面の研究が進めば、将来的には悪夢の治療薬の開発につながる成果が得られるかもしれない。

 最後に現在行われている悪夢の治療について簡単に紹介する。精神疾患や薬剤など悪夢の原因がはっきりしている場合にはその対処を行うのが基本である。原因がはっきりしない繰り返す悪夢に対しては自律訓練法が有効とされる。自律訓練法とは心身のリラクゼーションを得るための自己催眠法の一種である。そのほか、レム睡眠を抑え、不安を和らげるいくつかの薬物療法もある。

 今回ご紹介したように、目覚めを伴う悪夢は睡眠障害の一種である。しかも大人の悪夢は長引きやすい。お悩みの方は、メンタルヘルスチェックも兼ねて専門医を受診されては如何だろうか。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。