第71回 妊婦の生活リズムが胎児の成長にとって大切な理由

 通常、マウスの飼育箱は12時間明るく12時間暗くして飼育する。こうすることでマウスの生体リズムは24時間周期で安定する。ところが妊娠したマウスを24時間明るい環境で飼育すると、生体リズムが24時間周期に同調できなくなるほか、胎児マウスの成長が遅れることが分かっている。

 飼育箱が明るいことは母親マウスにとってはストレスだし、行動量が減少するなど母胎にさまざまな影響が現れるが、それらよりも母親マウスから胎児に昼夜サイクルの情報が伝わらないことが問題らしい。

 というのも、飼育箱が一日中明るいままだと夜間(暗期)に高まるはずのメラトニンの分泌が抑えられるのだが、明暗サイクル下で飼育した時と同じ分泌パターンになるように人工合成のメラトニンを母親マウスに注射すると胎児マウスは正常に成長するからである。

 成長が遅れる詳しいメカニズムは分かっていないが、細胞の一つ一つに時計遺伝子が存在し、ほぼ全ての細胞や臓器の活動にリズム性があることを考えれば、体が形作られる胎生期に細胞や臓器の時刻(リズム位相)を整えることが成長にとって重要な意味を持つことは想像に難くない。

 そのほかにも、妊娠中の母ザルが24時間明るい環境で飼育されると新生児の子ザルのコルチゾールの濃度が非常に高くなることも分かっている。コルチゾールはストレスを受けた際に大量に分泌され、血糖を維持したり免疫系の過剰反応を抑えたりする役割をするが、逆に長期間にわたりコルチゾールが高止まりすると気分調節や認知機能に悪影響を及ぼす。

 人でも妊婦の生体リズム異常が胎児の発達に悪影響を与えるのではないかと危惧されている。妊娠中に夜勤や時差ぼけを経験する職種、例えば看護師や国際線の客室乗務員では出産児の体重減少や、早産や流産の頻度が高いなどの報告があるからである。

 今回ご紹介したように、体内時計が十分に働いていない胎児でも母親の助けを借りながら必死に体のリズムを整えているのである。妊婦さんやそのご家族には、禁煙や禁酒だけではなく生活リズムを整えることも健やかな胎児の成長にとって大事であることを知っていただきたい。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。