第113回 新型コロナでも報告例、ウイルス性脳炎では何が起こっているのか?

 以前、インフルエンザウイルスによる脳症も話題となった。インフルエンザ発症後に高熱とともに幻覚・錯覚を見たり、家から飛び出す、ベランダから飛び降りるなどの異常な行動を呈する事例が報告され社会問題となった。これらの異常行動は治療薬であるタミフルの副作用ではないかとの論議があったが、その後の疫学調査で服用患者、未服用患者間で出現率に差がないことから、タミフル原因説は否定された。

 ではインフルエンザ脳症でみられる異常行動の原因は何か? 少なくとも一部はせん妄で生じると考えられている。せん妄とは軽度から中等度の意識障害に精神的な興奮が加わった状態のことで、インフルエンザ脳症でも視床に炎症が生じることからせん妄が生じやすい。加えて、失見当識もあるため、些細な刺激で不安や困惑が高まり異常行動が生じるのである。せん妄は脳の覚醒機能の障害を意味しており、重症脳炎に至るサインとして注意すべきだとする専門家も多い。

 余談になるが、インフルエンザでは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の服用が症状を悪化させるリスクを高めるとされている。NSAIDsにはアセチルサリチル酸(バファリン®など)、ロキソプロフェン(同、ロキソニン®など)、イブプロフェン(同、イブ®など)などがある。

 権威ある医学誌「ランセット」に、COVID-19もNSAIDsによって悪化する可能性があると指摘する短報が掲載され、フランスの厚生大臣がそれを会見で話すなどして一気に広まったが、米国食品医薬品局(FDA)や世界保健機関(WHO)は「データ収集中」として追認していない。

 COVID-19による脳炎も、インフルエンザ脳症も、ともに病態は神経細胞の急激な炎症と壊死であり、その原因として免疫系の暴走(サイトカインストーム)があると考えられている。ウイルスが直接脳内に入るのではなく、免疫物質であるサイトカインが過剰産生されることで、細胞のエネルギー源である糖代謝の異常や細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能低下をもたらし、神経細胞や血管内皮細胞(血液中の「異物」から脳を守るバリア)の壊死につながるとされている。NSAIDsは血管内皮細胞の障害を促すとする説もある。

 第84回「あなたの風邪は寝不足から? 睡眠と免疫力の深い関係」でも紹介したが、感染症と免疫反応、そして眠気との間には深い関係がある。風邪を引いたときに眠くなるのにもサイトカインが関わっている。免疫反応は、適度な眠気と休養をもたらし感染からの回復に役立つかもしれないが、深刻な副作用を引き起こすこともある。COVID-19の厄災が早く収束することを願ってやまない。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。