第113回 新型コロナでも報告例、ウイルス性脳炎では何が起こっているのか?

(イラスト:三島由美子)
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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっている。連日の報道でご存じの方も多いと思うが、発症すると、発熱、咳や痰、味覚障害などの症状が出現する。呼吸器症状が主体で、重症化すると呼吸困難となり、人工呼吸器やECMO(エクモ)と呼ばれる人工心肺補助装置が必要になる。

 頻度は少ないが、ウイルス感染症では脳炎が生じることもある。神経細胞や血管組織などの炎症によって、頭痛やけいれん、麻痺(まひ)などの神経症状とともに、多くの場合は意識障害を呈する。例えば、戦前に日本で大流行した日本脳炎ウイルスは、高い確率で脳炎を引き起こすことからそう命名された。

 北米放射線学会発行の放射線医学の専門誌に3月31日付けでCOVID-19が原因と思われる脳炎(脳症)のケースが報告された。患者は50歳代の航空会社勤務のスタッフで、発熱や咳、精神状態の変化(altered mental status)が続いたため医療機関に救急搬送され、COVID-19と診断されたという。

 原著ではどのような精神症状か記載されていないが、Medscapeなどの医学系サイトに掲載されている医療関係者へのインタビューを見ると、錯乱(confusion)、無気力・倦怠(lethargy)、失見当識(しつけんとうしき、自分が置かれている状況、例えば時間や場所が分からなくなること、disorientation)などが認められたらしい。錯乱や失見当識は意識障害の初期によく見られる症状である。

 この患者の脳画像では、両側の「視床」に広範な壊死が生じていることが明らかになった。視床は睡眠・覚醒や意識の維持に重要な脳部位であるため、そこが障害されるとすぐさま意識障害が出現する。第35回「感染症研究が切り開いた睡眠科学」では、感染症治療薬の開発への貢献により北里大学の大村智博士が2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞されたことを祝して、感染症による脳炎の研究によって睡眠・覚醒のメカニズムが解明されたことを紹介した。その記事の中でも視床に触れている。

 詳しくは第35回の記事をご参照いただきたいが、覚醒(意識)を維持するには、脳幹部から大脳皮質に至る「上行性網様体賦活系(最近では上行性覚醒系とも呼ばれる)」が活性化する必要があるが、その主要な経路の途中に視床が存在しているのである。COVID-19をはじめとするウイルス性脳炎ではこの視床が炎症、壊死(えし)を起こしやすい。そのためウイルス性脳炎に罹患すると大多数で早期に意識障害が生じるのである。軽度の場合は眠気から始まり、重症化するにつれて一日中ウトウトと眠りがちとなり、最後には完全な昏睡状態に至る。

赤で示した「上行性網様体賦活系(上行性覚醒系)」は複数の覚醒系神経核からの神経投射の集合体であり、その多くは視床を経由する。青で示した「腹側外側視索前野」は睡眠系神経核である。詳しい説明は第35回「感染症研究が切り開いた睡眠科学」を参照。(画像提供:三島和夫)
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