ただ、この食い違いも「個人差」の観点から見れば何ら不思議ではないのかもしれない。

 過去の研究データを細かく見ると、同じ70歳代の健康高齢者を対象にした研究でも、研究間で結果に大きなばらつきがある。ある研究に参加した高齢被験者の睡眠時間は大きく短縮しているのに対して、別の研究では20歳代のそれと遜色ない値を報告している。これは加齢というより、研究にリクルートした「健康高齢者」のスクリーニング方法の相違、つまり参加者の健康度の違いが関わっているためだろう。

 さらに、同一の研究内でも加齢変化を大きく上回るばらつきが見られている。例えば、70歳前後の高齢者の睡眠の特徴を報告した研究の多くでは、1晩の総睡眠時間を5時間〜7時間と報告しており、それだけでも大きなばらつきだが、個人差を見ると3分の1以上の高齢者では20歳代の若者の平均睡眠時間を上回っている。つまり、睡眠にはそもそも個人差があり、そのばらつきの大きさは通常の加齢変化の幅を大きく凌駕していることを示唆している。

 すでにお気づきだと思うが、本稿で「加齢変化」と書いたのはすべて若年者と高齢者の比較(差)のことである。厳密な意味での「睡眠の老化スピード」やその「個人差」を調べるには同じ被験者を若年から高齢に至るまで長期間追跡しなくてはならないが、残念ながらそのような手間のかかる研究はこれまで行われていない。

 睡眠の老化に個人差があるとすれば、その要因はどのようなものだろうか。特に持病もないのに若い頃から睡眠が浅く不眠がちな人もいるので、体質的な要因も無関係ではないだろう。食事、運動など生活習慣も睡眠の質に深く関わることが知られている。私たちの研究グループは以前に光環境を整えるだけで高齢者の睡眠とそれに密接に関わるホルモン分泌の機能を大いに若返らせることを見いだした。老化のスピードは一定ではなく、生活環境やライフスタイルによって変わり得るのかもしれない。そのような「睡眠のアンチエイジング法」が見つかれば市場を席巻すること間違い無しである。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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