レム睡眠中は骨格筋(自分の意思で動かせる筋肉)が弛緩するため、どんなドラマチックな夢を見ても体は動かないように調整されている。ところがレム睡眠行動障害ではこのオフシステムが働かず、夢の内容通りに行動してしまうのである。泥棒と格闘する夢を見て隣で寝ているベッドパートナーを殴ったり、蹴飛ばしてしまうこともある。「先生は睡眠中だったとおっしゃいましたよね。でも、脇腹とほっぺたの2カ所ですよ(怒)そんな都合良く横にいる人間を蹴り飛ばせるものでしょうか!」と患者である旦那を睨みつける奥さんがいるほど、眠っているとは思えないようなまとまった行動をとる。

 ということでレム睡眠行動障害であれば豚足ガブリくらいは簡単に起こり得るのだが、やはり確定診断するには首をかしげざるを得ない点がある。1つはレム睡眠行動障害は圧倒的に高齢者に多い病気で、若年者では極めて稀。ましてや「生まれつき」という例は私は聞いたことがない。

 もう1つは「血が出るほどの痛みでも目を覚まさなかった」点である。これが痛い、いや診断的に。レム睡眠行動障害は見かけは激しくてもつまるところ普通の睡眠中に生じているため、刺激を与えるとすぐに目覚めさせることができる。ましてや血が出るほど噛んだり、親戚の声かけや救急搬送中にも眠り続けられるはずがないのである。

 では一体何の病気だったのか? 残念ながら限られた情報からこれ以上の診断をつけるのは難しい。専門的になるが、ノンレム睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害には他にも、錯乱性覚醒、睡眠時驚愕症(夜驚)、睡眠関連摂食異常症などがある。またレム睡眠中に異常行動が生じる睡眠障害には反復性孤発性睡眠麻痺、悪夢障害などがある。個別に解説する紙幅がないが、いずれもピタリと症状がマッチする疾患はない。

 睡眠障害以外にも、てんかん、せん妄、アルコール性健忘などいろいろな可能性が挙げられる。このように「睡眠中の異常行動」といっても原因となる疾患はさまざまある。睡眠障害外来に受診したとすれば、在宅での睡眠状況を詳細にモニターした上で、睡眠ポリグラフ検査などを実施することになるだろう。

 最後に私の深読みを披露するとこうだ。

 男はいとこと久々に歓談して深酒をしてしまった。慣れない就寝環境とアルコールの影響で明け方にレム睡眠行動障害が生じて豚足ガブリをやってしまった。(楽しくても悲しくても)心が動かされるライフイベントがあった晩はリアルな夢を見てレム睡眠行動障害が起こりやすい。飲酒もトリガーになる。

 アルコールによる鎮痛効果もあったため深く噛んでしまった。さすがに痛みで目が覚めると、左手首が血だらけで吃驚。シーツを血で汚してしまいマズイと思ったがひどい二日酔いで気持ちが悪く起き上がれずそのまま二度寝をしてしまった。朝になりいとこが朝食に呼びに来た。ドアを開けるとそこには寝乱れた男と血の付いたシーツ。新品の下ろしたてに深紅は映える。「あー、なんだこれ! 血だよ! かあさん、これ見てくれよー!」そう叫ぶいとこの声でうっすらと目を覚ます男。ドタドタと駆けつける親戚一同。そう言えばこのいとこはセコいヤツだった……実にマズイ。

 どうしたの! 叔母から揺さぶられるも気まずさと二日酔いでうーんと唸って返事をせずどうしたものかと思案しているうちに事が大きくなった。病院に担ぎ込まれた頃には後には引けない状態に。点滴されて、もう一寝して二日酔いが覚めた頃にはさすがに寝続けるわけにもいかずむっくりと起き上がる男。その後の問診には「分かりません、記憶にありません」としか答えるしかなく、でもふと保健体育で習ったことを思い出し「そう言えば小さい頃から夢遊病だって言われていました」。

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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