第27回 母さんが残したシェルター

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 私が飼育していたオニクマムシは、メスばかりだった。交尾もせずに1匹で卵をつくって産む。オニクマムシは半透明なので、体の中で卵が発達していくようすを見ることができる。おなかのあたりに黒っぽい点のようなものが見えることがあるが、これは卵巣が発達し始めた証だ。日に日にこの卵巣は大きくなっていく。最終的には卵どうしの間に境界線が認められるようになる。体の大きな部分を占める卵たち。妊婦クマムシの動きは若干スローになったように映る。「身重」という言葉がしっくりくる。

 オニクマムシは産卵をするとき、一緒に脱皮をする。古い脱皮殻の中で卵を産み、そのあとで殻を脱ぎ捨てる。 産卵はすぐに終わってしまうため、その瞬間を目にするのは難しい。産卵をしたあとも、母親クマムシはしばらくのあいだ脱皮殻の中にとどまる。

 クマムシには、オニクマムシのように、産卵と脱皮が同調する種類が他にもいる。第13回では、クマムシの卵の表面にさまざまなタイプの突起があることを紹介した。だが、この特徴は産卵に脱皮がともなわず、体の外に卵を産みつける種類のクマムシのみに見られる。脱皮殻の中に産卵するタイプでは、卵の表面は突起物などはなく、ツルツルしている。

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 卵の表面に突起がある場合、これが周囲のコケなどに引っかかり、卵がコケの外に流れ出ないようになると考えられる。オニクマムシなどでは脱皮殻の中に産みつけられる卵の表面はツルツルしている。だが、脱皮殻にはするどい爪の部分が残っている。この部分がコケに引っかかり、やはり卵が流れ出すのを防ぐ役割があるのだろう。

 母が残したシェルターに暖かく護られながら、オニクマムシの子どもたちは誕生の日をじっと待つのである。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad