第26回 おちょぼ口のミニハンター

[画像のクリックで拡大表示]

 前回 はオトナ(成体)のオニクマムシの捕食行動について書いた。大人のオニクマムシは、エサとなるヒルガタワムシを丸呑みするようにして食べる。ある程度の大きな口をもつため、このような食べ方が可能となっている。

 オトナに比べると、コドモ(幼体)のオニクマムシの体はずっと小さい。コドモの体長は、オトナのそれの4分の1か5分の1ほどしかない。あしどりもヨチヨチしていて、何とも頼りない。オトナの獰猛な闊歩具合とは大違いだ。

 当然ながら、コドモは口も小さいので、ヒルガタワムシを呑み込むことなど不可能である。だが、おちょぼ口だからといって、このコドモたちを甘く見てはならない。彼女らがクマムシ界の猛獣のDNAを受け継ぐエリート・ハンターであることに変わりはないのだ。

 オトナと同様に、コドモのオニクマムシも口がヒルガタワムシに接触すると、攻撃を開始する。敵の出現に合わせて刀を抜く侍のように、口の中に隠していた口針をヒルガタワムシの体表に素早く突き刺す。口針を突き刺しつつ、獲物の体液を吸うのだ。丸呑みにはできないが、こうして獲物のエキスを摂取する(参照:第19回「肉食クマムシの強力キス」)。

 1匹のコドモが捕獲に成功すると、離れた場所にいた他のコドモたちがこの獲物に集まってくる。オニクマムシはふだん、目の前を獲物が通り過ぎても、襲いかかることはない。だがおそらく、獲物から漏れ出た体液の匂いを嗅ぎつけることはできるのだろう。こうして、何匹ものコドモが1匹の獲物をシェアする。獲物がカラカラになると、食事を終える。

 オニクマムシには口の付近に感覚子があるが、ヒルガタワムシの体液の匂いをどのように感知しているかはよく分かっていない。ただ、コドモたちに見られるこの獲物のシェア行動は、生態学的に理に適っているように思える。

 オニクマムシは基本的にはメスしかおらず、単為生殖で増える。つまり、野外でのオニクマムシのコロニーは、互いにきわめて近い遺伝的背景をもつ個体の集まりといえる。

 生物の行動は、自分の遺伝子コピーを増やす方向にインセンティブが働く。1匹のコドモが獲物を捕まえることで、周りのコドモたちも餌にありつくことができるということは、自分たちに共通する遺伝子コピーを増やすことにつながるわけだ。アグレッシブかつ美しいオニクマムシの協調生存戦略なのである。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad