第43回 グッバイ人類

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 ヨコヅナクマムシの飼育でいちばん大切なもの。それは、愛である。培地交換を怠らず、新鮮な餌を適度な頻度で与えれば、彼女らはどんどん増えてくれる。

 だが、クマムシの数が増えるにしたがって、飼育に費やさなければならない時間も増す。いくら愛があっても、めんどうを見きれるクマムシの数には限界があるのだ。

 そんなときは、彼女らを乾かし眠らせておく。こうすれば、仮に何かのアクシデント(恒温器が故障して高温になるなど)でクマムシが全滅したとしても、眠らせたクマムシを復活させて飼育を再開することができる。

 さて、乾眠状態のクマムシは呼吸をしておらず、代謝をしていないとみなされている。代謝が起こらないということは、老化しないことを意味する。では、そのまま机の上に放っておけば、乾眠クマムシは永久的に生きるのだろうか。

 世の中、そんなに甘くない。たしかに乾眠クマムシは長く生命を保つことができるが、それでも数年間が限度だ。ちなみに、博物館で120年間保存されていたコケからクマムシが復活したという有名な話があるが、これはソース元の論文の「肢が動いたように見えた」という記述に尾ひれがついて拡散してしまったものである。

 乾眠クマムシが老化しないのであれば、なぜ彼女らは時間が経つと死んでしまうのだろうか。これは、空気中の酸素に原因があると考えられている。酸素によって乾眠クマムシの体が酸化され、損傷が徐々に蓄積するのだろう。実際に、時間が経つほど、乾眠クマムシにDNA損傷が蓄積するという報告もある。酸化損傷の程度がある閾値(いきち)を超えると、クマムシは復活できずに死んでしまうのだと思われる。

 乾眠クマムシをより長く保存するためには、この酸素を何とかすればよい。その方法の1つには、真空パックが考えられるだろう。もう1つは、低温にすることだ。温度を低くすればするほど酸素分子の運動は低下し、酸化反応は起こりにくくなる。実際の現場では真空パックにする手間が煩わしいので、乾眠クマムシを冷凍庫に入れて保存する。こうすれば、少なくとも数10年間は死ぬことなく保存できる。

 このように、乾眠クマムシを生かしておくために最適な環境条件は、酸素がなく、かつ温度が低いことである。そのような場所は、どこにあるだろうか。そう、宇宙空間が最適な環境なのである(宇宙放射線を遮蔽した場合)。恒星から遠く離れた宇宙空間は、-270℃を下回る超低温の真空環境である。このような条件下では、乾眠クマムシは半永久的に生き続けるだろう。

 私の手により、地球の外に放り出された、乾眠クマムシ。ひたすら宇宙空間を漂い続けた末に、宇宙の果ての水にあふれる惑星にたどりつく。ふたたび目をさます、クマムシ。そのときは、人類は滅び、地球さえ消滅してしまったあとかもしれない。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad