監修者が解説!ココが見どころ「世界遺産 ラスコー展」
後期旧石器時代にヨーロッパに暮らしたいわゆる「クロマニョン人」が、フランス南西部のラスコー洞窟に描いた「洞窟壁画の最高傑作」が、数々の彫刻や道具とともに、東京・上野の国立科学博物館にやってきました。特別展を企画、監修した国立科学博物館・人類研究部人類史研究グループ長の海部陽介さんが自らラスコーの芸術世界の魅力とその見どころを解説します。
本展の主役はクロマニョン人で、ご覧頂くのは、彼らがおよそ2万年前にフランスにあるラスコー洞窟の内部に描いた壁画である。
見所はまず2万年前の芸術のレベルの高さ、次に芸術の起源、そしてこの絵を描いたクロマニョン人の正体である。さらに最後に、もう1つのお楽しみがある。
これらを語る前に、基本的な背景をつかんでおこう。
舞台は後期旧石器時代と呼ばれる4万2000~1万4500年前頃のヨーロッパで、クロマニョン人たちは、そこで野生動物の狩りを中心とする狩猟採集生活を送っていた。参考までに、農耕や牧畜の知識と技術が導入されてヨーロッパが新石器時代を迎えるのは8500年前以降で、エーゲ海でヨーロッパ最古の文明が起こるのは、それよりさらに後の5000年前頃である。日本列島では1万6000年前頃に土器が出現して縄文時代が始まるが、クロマニョン人の壁画が描かれたのは、そうした私たちに馴染みのある時代よりもはるかに昔のことなのだ。
ラスコー洞窟は壁画の保護のために現在封鎖されており、現地へ行っても実物を見ることはできない。そこで壁画の精巧なレプリカが作られ、世界の人々に見てもらうために、この国際巡回展がフランス政府公認のもと企画された。
レーザー測量やデジタルマッピングなどの最新技術を駆使し、大勢の腕利きアーティストが参加して実物を見事に再現したレプリカである。私自身この再現壁画を見に行き、その出来栄えの素晴らしさに驚いて日本でのツアーをリクエストした。ぜひ会場にて、本やテレビの2次元画面では決して味わうことのできない、岩肌の立体感と実物大の壁画の迫力を間近からお楽しみ頂きたい。
圧巻の壁画と彫刻 日本限定の展示も
ラスコー洞窟の壁画は、洞窟壁画の最高傑作と称される。誰もが2万年も前にこれだけの絵が存在した事実に、驚くはずだ。動物たちをかくも躍動的に描く技術はもちろんのこと、壁面への動物の配置、サイズ感覚、不思議な記号など、見所がたくさんある。色彩豊かなラスコーらしい動物画のほかに、鳥の頭を持つ人間が登場する謎めいた《井戸の場面》という絵も、必見である。
さらに本展では、日本限定で特別なものを多数用意した。
まずランプ。真っ暗な洞窟に入るには灯りが必要だが、クロマニョン人たちはそのために石製のランプを使った。ラスコー洞窟からは、数あるそうしたランプの中でも最も精巧につくられ、最も有名なランプが見つかったが、それが日本に初上陸する。
さらに骨・角・マンモス牙などを素材にした、クロマニョン人の息をのむような素晴らしい彫刻や線刻作品の数々を、フランスの2つの国立博物館などから特別に借りることができた。クロマニョン彫刻の代表作中の代表作である《体をなめるバイソン》をはじめ、これだけの国宝級の品々が日本へやってきたのは、もちろんはじめてのことである。これらは、壁画に加えてクロマニョン人芸術の奥深さを理解する上で必見の品々だ。
クロマニョン人の道具も、たいへん興味深いものが揃った。
投槍器(とうそうき)と呼ばれる槍投げの補助具は、手投げに比べて槍を遠くに正確に飛ばせるようになった画期的発明品で、これによってクロマニョン人たちは危険な動物から距離を保って狩りができるようになった。その狩猟具に、見事な動物の彫刻が彫られている事実に注目してほしい。大事な道具に飾りをつける彼らの精神は、現代の私たちに通じるものがある。
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