アリスとドードーの自然史博物館に行ってみた!

書籍『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』から紹介 第2回

 ただし、大きな違いとしては、貴族や富裕層など限られた来客に対して開陳するスタイルではなく、一般に対して開かれていたことが挙げられる。入場料を支払えば誰でも入場でき、当時のロンドンの観光名所として人気があったという。

「方舟」がドードーを所蔵していたと確認されるのは、1656年のカタログに記入されているからだ。“Whole Birds”、つまり鳥の全身標本というカテゴリーの中に、「ドードー、モーリシャス島より。とても大きいため飛べない(Dodar, from the Island Mauritius; it is not able to flie being so big.)」と記入されている。現在、オックスフォード大学に残っている脚の骨には、展示用に補強するなどした形跡がないことから、この時の全身標本は、生きている時の姿を再現して見せる本剝製ではなく、骨と少しの詰め物をした状態の皮を壁に吊るすか台の上に置くかして展示されていたと推測される。

 では、その標本はどこから来たのか。一番有力な仮説は、1638年頃、神学者ハモン・レストレンジ(Hamon L’Estrange 1605~60年)がロンドンの通りで見世物にされているのを目撃し、日記の中に書き記したドードーがそれだ、というものだ。当時、トラディスカント家が最も有名な自然史標本の収集家であり、また見世物にされていた場所が「方舟」に地理的に近かったことから、このドードーの死後、そちらに渡ったのではないかとされる。

こちらはトラディスカントの「方舟」を再現したロンドンのガーデンミュージアム。(写真提供:川端裕人)
こちらはトラディスカントの「方舟」を再現したロンドンのガーデンミュージアム。(写真提供:川端裕人)
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ドードーは燃やされそうになったのか?

 ドードーを含む「方舟」の標本群は、トラディスカント父子の死後、裕福な政治家で古物商のイライアス・アシュモール(Elias Ashmole 1617―92 )に引き取られ、アシュモールの母校オックスフォード大学に寄贈されることになった。

 オックスフォード大学に標本が移されたのは、1693年のことだ。それまでオックスフォード大学所蔵の標本を展示する「驚異の部屋」だった建物を転用して、アシュモレアン博物館が開館し、「方舟」からの標本とオックスフォード大学の標本があわせて展示された。この時点での目録の写しから、ドードーの全身がまだ残っていたことが分かっている。

 ただし、時とともに標本は劣化する。17世紀の剝製技術は19世紀以降のものとは水準が違い、鳥類の剝製はせいぜい30〜40年くらいまでの寿命とされていた。オックスフォード標本も、塩とミョウバンを使った17世紀の技術に頼っており、また、剝製職人が皮膚の下の脂肪を十分に取り除けなかったことなどもあって、18世紀に入ってから腐敗や虫食いなど傷みが目立つようになった。そして、1755年の年次点検の際に、修復不可能なほど破損していることが分かったとされる。

 アシュモレアン博物館の運営規約では、傷んだ標本は取り除いて入れ替えることになっていたため、それを忠実に執行した結果、傷みの少なかった頭部と脚のみが残され、他の部分は廃棄された。

 一方、人口に膾炙したストーリーでは、処分することになった大量の標本とともにドードーも火の中に投げ込まれたものの、心ある者が最後の瞬間に頭部と脚を救い出した、とされる。これは18世紀を通じて繰り返し語られ、20世紀後半になっても人気のある説明だった。しかし、実際のところは、そのようなドラマがあった記録はなく、規則によって粛々と破棄され、残せる部分は残したという解釈が妥当だという。館長が破棄を指示し、キュレーターが救ったという物語も聞くが、実は当時のアシュモレアン博物館では、館長とキュレーターは同一人物だった。

 そして、伝説よりはいくぶん地味な行きがかりで18世紀を生き延びた頭部と脚が、19世紀、進化論の世紀の生物学の目に触れることになる。

つづく

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年兵庫県明石市生まれ。文筆家。小説に『夏のロケット』(文春文庫)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』、NHKでアニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。ノンフィクションに『我々はなぜ我々だけなのか――アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス、科学ジャーナリスト賞・講談社科学出版賞受賞)、『「色のふしぎ」と不思議な社会――2020年代の「色覚」原論』『科学の最前線を切りひらく!』(筑摩書房)、『10代の本棚――こんな本に出会いたい』(共著、岩波ジュニア新書)など多数。Webナショジオで「「研究室」に行ってみた。」を連載中。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って

江戸初期のこと。『不思議の国のアリス』や『ドラえもん』にも登場する絶滅鳥ドードーが日本に来ていた!? その後の行方を追って四国へ長崎へ。時空を超えチェコやイギリス、オランダ、ついにはモーリシャスの島で這いつくばり生命のワンダーに分け入る! 日本史と西洋史、博物学と生物学の間を行き来する驚きと発見に満ちた探究の物語。
著者:川端裕人
価格:2,970円(税込)

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