ドードーとドジソン、運命の出会い

 オックスフォードを訪ね、ドードーの標本がある博物館を訪ねる前に、まずはクライストチャーチ学寮に向かった。チャールズ・ドジソンが数学講師として在籍し、学寮長(Dean)の娘アリス・リデル(Alice Pleasance Liddell 1852―1934)と出会ったいわば「聖地」だ。『アリス』の分厚い文学史研究の森の中で、本書ではあくまでドードーとの関係において表層を撫でる程度に留まるが、それでもまずは見ておきたいと考えた。

 オックスフォード駅からクライストチャーチ学寮までの道のりを歩くと、近づくに従って次第に「アリス濃度」が高くなっていくのが体感できる。有名なグッズ専門店「アリスの店」や、喫茶店「マッドハッターのティーパーティ」などが学寮周辺に見られる。テニエルが描いたアリスとドードーの挿絵のコピーも、店の飾り棚にさりげなく掲げられたりしている。

有名な「アリスの店」。(写真提供:川端裕人)
有名な「アリスの店」。(写真提供:川端裕人)
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テニエルのアリス。(画像提供:川端裕人)
テニエルのアリス。(画像提供:川端裕人)
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『アリス』の中のドードーは、涙の池でずぶ濡れになったネズミたちの体を乾かすためにぐるぐると同じ場所を円を描いて走り続ける「コーカスレース(Caucus-Race)」、いわば、堂々めぐりを提案する。そして、みんなで走り終えた後で、「みんな勝ったんだ。だからみんなが賞品をもらわなければならない(“Everybody has won and all must have prizes”)」と宣言する。これがまさに「ドードーをめぐる堂々めぐり」のはじまりだ(とぼくは思っている)。

 さて、学寮内の「大広間(Great Hall)」には、「アリスの窓」と呼ばれる一連のステンドグラスがあり、そのうちの一つにはアリス・リデルの肖像と物語の中のアリスが、別のひとつにはチャールズ・ドジソンの肖像と物語の中のドードーの絵が、それぞれ描かれている。『アリス』のファンにとっては有名な逸話だが、ドジソンはドードーと自らの名が近いことから自分自身を投影したとされる。だから、このステンドグラスではドジソン本人の肖像とドードーが一緒に描かれているわけだ。

『アリス』においてドードーは、マッドハッター、チェシャ猫、グリフォン、代用ウミガメなどの不思議なキャラクターと一緒に登場しつつ、一段高い次元で作品と現実世界との接点となるものだ。ドジソンにとって物語の中で自らを登場させる「依り代」で、テニエルの挿絵ではドードーだけ他の動物とは違って人間の(それも成人男性の)手を持っている。

 ドジソン自身は、写真撮影の趣味の中で、1857年、クライストチャーチ学寮にあった解剖学博物館から、新たに開館する大学の自然史博物館へと移される標本を、記録のために撮影している。マンボウ、アリクイ、ニュージーランドの飛べない鳥キウイといった動物の全身骨格などだ。その後、1860年に自然史博物館が開館すると、ドジソンは定期的に訪れるようになった。そこで見る絶滅鳥ドードーは、いつしかドジソンにとって格別な存在となり、またドードー側にしてみても後に世界的な偶像になっていくきっかけとなる運命の出会いだった……。

 そんなことを考えつつ、クライストチャーチ学寮を後にして、ドードーの標本があるオックスフォード大学自然史博物館へ。途中から博物館のサインがあちこちに出ていたので、胸が高鳴った。サインにも大きくドードーが描かれており、不思議の国のドードーから、博物館にいる絶滅鳥のドードーへ、自然と頭の中が切り替わっていく。この過程がシームレスに起きるのがオックスフォードだ。

次回はドードーの標本があるオックスフォード大学自然史博物館の中へ!(写真提供:川端裕人)
次回はドードーの標本があるオックスフォード大学自然史博物館の中へ!(写真提供:川端裕人)
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つづく

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年兵庫県明石市生まれ。文筆家。小説に『夏のロケット』(文春文庫)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』、NHKでアニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。ノンフィクションに『我々はなぜ我々だけなのか――アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス、科学ジャーナリスト賞・講談社科学出版賞受賞)、『「色のふしぎ」と不思議な社会――2020年代の「色覚」原論』『科学の最前線を切りひらく!』(筑摩書房)、『10代の本棚――こんな本に出会いたい』(共著、岩波ジュニア新書)など多数。Webナショジオで「「研究室」に行ってみた。」を連載中。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って

江戸初期のこと。『不思議の国のアリス』や『ドラえもん』にも登場する絶滅鳥ドードーが日本に来ていた!? その後の行方を追って四国へ長崎へ。時空を超えチェコやイギリス、オランダ、ついにはモーリシャスの島で這いつくばり生命のワンダーに分け入る! 日本史と西洋史、博物学と生物学の間を行き来する驚きと発見に満ちた探究の物語。
著者:川端裕人
価格:2,970円(税込)

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