そのような経緯で、現在、世界的に広く使用されるようになったのがネオニコチノイド系殺虫剤だ。有機リン系と比べ人体や哺乳類・鳥類・爬虫類への安全性が高い一方で、昆虫に対する毒性が強いことが長所とされる。また水溶性であるため植物に吸収され、根から葉先まで浸透移行(植物体の中を移動)することや環境中での残留期間が長いことから、散布回数を減らすことができることも長所とされる。

 ただしそれらの長所により、ネオニコチノイド系殺虫剤は害虫だけでなく、ミツバチといった益虫までも減らしてしまうことになる。さらには水溶性であるために、水田の水中で生活するアカトンボの幼虫やタガメなども減らしてしまう。実際、欧米では近年になってミツバチが原因不明で大量に失踪する蜂群崩壊症候群が多発し、ネオニコチノイド系殺虫剤が一因である可能性が検討されている。またアキアカネの減少がネオニコチノイド系殺虫剤などの浸透性殺虫剤が原因とする論文も発表されている。(参考記事:「農業の毒性が48倍に、『沈黙の春』再び? 研究」

ワカサギも1993年に宍道湖で急減した。(写真提供:つり人社)
ワカサギも1993年に宍道湖で急減した。(写真提供:つり人社)
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 しかしネオニコチノイド系殺虫剤に対して、魚毒性は報告されていない。実際、著者も宍道湖のウナギとワカサギが減ったのは、DDTのように直接影響を受けたとは考えていない。ではなぜ宍道湖でネオニコチノイド系殺虫剤によってウナギとワカサギが減ったのか?

 ヒントは「エサ」だ。ネオニコチノイド系殺虫剤は昆虫以外の動物には影響が少ないとされているので、当然、鳥にも影響しないはずだ。しかしオランダで多く使用されるネオニコチノイド系殺虫剤のイミダクロプリドの水域での濃度と、その水域周辺の昆虫食性の鳥の数との関係を調べたところ、イミダクロプリドの濃度が高いほど鳥の数が少なくなる傾向が認められた。

 直接毒性がなくても、エサが減ればそれを食べる動物の数が減っても不思議ではない。しかしウナギやワカサギはエサを昆虫に頼っているわけではない。ネオニコチノイド系殺虫剤は、彼等のどのようなエサに悪影響を及ぼしたのだろう?

つづく

山室真澄(やまむろ ますみ)

1960年愛知県生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。専門分野は陸水学、沿岸海洋学、生物地球化学。学生時代の卒業研究から学位論文まで宍道湖の生きものをテーマに研究。その後も一貫して同湖の研究を続け、2019年にはウナギとワカサギの激減と殺虫剤ネオニコチノイドの関連をひもとく論文を学術誌「Science」に掲載された。

東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う

近年ミツバチの大量死などで注目を浴びた「ネオニコチノイド系殺虫剤」。著者は、島根県・宍道湖のウナギとワカサギの漁獲高が激減したのは、この殺虫剤が水中の食物連鎖を破壊したためではないかという仮説を立てた。本書では当連載で紹介された内容に加え、議論に必要な「食物連鎖」「物質循環」といった概念もわかりやすく解説。また、漁獲高減少の要因として、湖岸改変や外来魚の影響なども検討し、さらには異変が発生した当時の環境中のネオニコチノイド系殺虫剤の濃度も推定したうえで、結論を導き出している。
著者:山室真澄
価格:1,100円(税込)

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