EUでは屋外の使用禁止も、ネオニコチノイド系殺虫剤とは

書籍『東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う』から紹介 第2回

島根県宍道湖におけるウナギとワカサギの激減と殺虫剤ネオニコチノイドの関連をひもとく論文が、学術誌「Science」に発表されたのは2019年のこと。この研究を主導したのが、宍道湖の研究をライフワークとする東京大学教授の山室真澄氏だ。その核心はナショジオのニュースでも紹介したが、科学ミステリーのような山室氏の新刊『東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う』(つり人社)の「第1回」から、謎解きに至るまでのエピソードを抜粋して紹介する。(全3回)

宍道湖で突如としてウナギが捕れなくなったようなことが、世界のどこかでこれから起こるかもしれない。(写真提供:つり人社)
宍道湖で突如としてウナギが捕れなくなったようなことが、世界のどこかでこれから起こるかもしれない。(写真提供:つり人社)
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 ネオニコチノイド系殺虫剤は現在、世界の農業分野で最も多く使用されている殺虫剤である。ということは宍道湖で突如としてウナギが捕れなくなったようなことが、世界のどこかでこれから起こるかもしれない。あるいは読者の身近な水辺で、既に起こっているのかもしれない。それに気付けるのは誰だろうか?

 日本では水田に大量の農薬がまかれるが、そこから繋がっている川や海の状態は、漁師や釣り人くらいしか見ていない。一方で漁師や釣り人は、「最近〇〇が捕れない」「〇〇年前にはもっと〇〇がいたのに……」と現場の変化には気づいていても、かつて魚毒性の強い農薬によって魚が瞬時に浮いたような激変でもない限り、その原因が農薬だと判断できない。

 ペルム紀末の大量絶滅は、もしその時代に人類がいたとしても止められなかっただろう。けれど今魚たちが直面している危機の原因がネオニコチノイド系殺虫剤であることが確かになれば、人類はきっと、魚を減らさないような殺虫剤を創り出すことができる。人間が作った物が原因であれば、改良するだけのことだから。

 そこでまずは農薬、とくにネオニコチノイド系殺虫剤についてざっと解説する。

(出典:http://www.fao.org/faostat/en/#data/EP/visualize)(画像提供:つり人社)
(出典:http://www.fao.org/faostat/en/#data/EP/visualize)(画像提供:つり人社)
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 世界における化学農薬の使用量を見ると、多く使われているのはアジア、ヨーロッパ、中南米だ(図1)。アジアでもとくに東アジアで使用量が多く、1ha当たり使用量は中国13.1kg、韓国12.4kg、日本11.8kgで、ヨーロッパで最も多いオランダの7.9kg、2番目のベルギーの6.7kgなどと比べて倍近い量を使用している。大型農業により農薬の大量散布をイメージさせるアメリカの使用量は、わずか2.5kgにとどまっている。東アジアの国で使用量が多いのは、モンスーンの影響で夏に高温多湿になって病虫害の被害が多くなることや、米の生産量が多く水田で農薬が多用されることが原因とされる。

 化学農薬のうち害虫を退治するのに使われるのが殺虫剤だ。殺虫剤には、昆虫の神経系に作用するもの、細胞内呼吸を阻害するもの、成長を阻害するもの、代謝を制御するもの、筋小胞体に作用するもの、物理的に気門を封鎖するものなどがある。主流は神経系に作用するものだが、人や魚を含む昆虫以外の動物にも悪影響を及ぼすことが明らかになるたびに、異なる系統の製品が開発されて置き換わってきた(図2)。

太い矢印で示されたタイプがそれぞれの時期の主流だが、有機塩素系以外のタイプは現在の日本でも多種類が製造・販売されている。(画像提供:つり人社)
太い矢印で示されたタイプがそれぞれの時期の主流だが、有機塩素系以外のタイプは現在の日本でも多種類が製造・販売されている。(画像提供:つり人社)
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 レイチェル・カーソンがニューヨーカー誌に「沈黙の春」の連載を始めた1962年当時、環境中に大量に散布されていたのは有機塩素系のDDTで、この殺虫剤により全米各地で魚類が大量死したり激減したりしたと記している。有機塩素系殺虫剤は残留性や生物濃縮性が高く毒性が強いことから残留性有機汚染物質(POPs)として多くの国で禁止された。

 続いて主流になったのが有機リン系だが、1953年に日本での本格的使用が始まったパラチオンは有明海でアミ類やエビ類の大量死をもたらしただけでなく、70人の死者と1564人の中毒者が発生し、翌1954年にも死者70人、中毒者1887人を出した。以後も有機リン系殺虫剤による農民の健康被害や自殺が多数報告され、農作物への残留もしばしば問題になった。

次ページ:昆虫以外には影響が少ないネオニコチノイド、だが……

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