島根県宍道湖におけるウナギとワカサギの激減と殺虫剤ネオニコチノイドの関連をひもとく論文が、学術誌「Science」に発表されたのは2019年のこと。この研究を主導したのが、宍道湖の研究をライフワークとする東京大学教授の山室真澄氏だ。その核心はナショジオのニュースでも紹介したが、科学ミステリーのような山室氏の新刊『東大教授が世界に示した衝撃のエビデンス 魚はなぜ減った? 見えない真犯人を追う』(つり人社)の「第1回」から、謎解きに至るまでのエピソードを抜粋して紹介する。(全3回)

日本海(美保湾)側から見た、国内でも有数の汽水湖である中海(手前)と宍道湖(奥)(写真提供:山室真澄)
日本海(美保湾)側から見た、国内でも有数の汽水湖である中海(手前)と宍道湖(奥)(写真提供:山室真澄)
[画像をタップでギャラリー表示]

 魚類と呼ばれる動物は5億年前から地球に存在し、現在の世界の海や川には3万3462種もいるとされる。魚類がうまれてからの5億年の間には、すべての生物種の9割以上が絶滅した大量絶滅時代(約2億5100万年前、ペルム紀末)があり、魚類も大部分が絶滅した。

 本書で対象としているのは、そんな壮大な物語ではない。全魚類ではなくウナギとワカサギの2種類だけ。そのうえ世界全体ではなく日本、それも島根県の宍道湖という汽水(=海水と淡水が混じった水)の湖で起こったできごとが中心だ。この湖では1993年からウナギとワカサギがまったく漁獲されなくなるくらい減ってしまった。その原因は何か? 著者は水田で使われる農薬の一種であるネオニコチノイド系殺虫剤の影響だと考えている。

 宍道湖は面積79㎢の日本で7番目に広い湖で、湖当たり年間漁獲量は長年、日本一をキープしている。漁獲量の大部分は魚ではなくヤマトシジミという二枚貝。かつては日本人が食べるシジミの8割は宍道湖産だったくらい、たくさん捕れていた。今でも単独の湖沼としては漁獲量が最も多い。しかし宍道湖でヤマトシジミが大量に漁獲されて全国に出回るようになったのは1970年代以降、保冷車によって築地市場まで輸送できるようになってからのことだ。それ以前まで地元以外にも運搬され消費されていた宍道湖産水産物は実はウナギで、江戸時代に関西に流通していた天然ウナギの多くが宍道湖・中海産だった。このため関西では「出雲屋」というウナギ料理店が多いとされる。ウナギは川に棲むとのイメージがあるが、ウナギにとって好適なエサであるエビなどの甲殻類は、淡水よりも海や汽水域に多い。棲みやすい汽水域を追い出されたウナギが仕方なく淡水域まで遡上しているのだ。

1993年に周辺地域でネオニコチノイド系殺虫剤が使用されるようになって以来、宍道湖ではこのウナギとワカサギが激減した。(写真提供:つり人社)
1993年に周辺地域でネオニコチノイド系殺虫剤が使用されるようになって以来、宍道湖ではこのウナギとワカサギが激減した。(写真提供:つり人社)
[画像をタップでギャラリー表示]

 ワカサギはもともと涼しい気候を好む汽水性の魚で、太平洋側は霞ヶ浦、日本海側は宍道湖が自然分布の南限になる。山に囲まれた湖で氷に穴をあけてワカサギを釣るのは冬の風物詩だが、淡水の山岳湖沼にいるワカサギはすべて国内移入種で、多くはもともと霞ヶ浦にいたワカサギの子孫だ。霞ヶ浦は、首都圏に水を供給するために堰を作って淡水にするまでは汽水だった湖で、ヤマトシジミも漁獲されていた。現在と同様、江戸時代にもワカサギが大量に捕れていて、将軍に献上されたことからワカサギを漢字で「公魚」と書くとされる。

 そのワカサギが現在、日本で最も捕れる湖はどこか? 近年の農林水産省の統計は湖沼ごとではなく県単位で公表されるので断定はできないが、茨城県のワカサギ漁獲量は全国4位で大部分が霞ヶ浦産であることから、単独の湖では霞ヶ浦が日本一ワカサギが捕れていると思われる。ワカサギはシジミと違って淡水でも繁殖できる。おまけに霞ヶ浦はエサが極めて豊富らしく、多くの湖では秋以降にようやく太り出すワカサギが、霞ヶ浦では「夏ワカ」と呼ばれ、夏にはもう漁獲され市場に出回る。

 宍道湖もかつてはワカサギが網に入りすぎて船上に引き上げられないくらい捕れていて、学生のころは漁師さんからお裾分けしていただいたワカサギが夕食のおかずになっていた。だが今では水族館に提供する数個体さえ捕れない。ずっと汽水のままだった宍道湖で汽水性のワカサギが捕れなくなって、淡水にされた霞ヶ浦で捕れ続けているのはなぜだろう?

次ページ:筋金入りの宍道湖研究者、夢想だにしなかったウナギの激減

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る