ついに完成した世界初の培養肉ハンバーグ

書籍『クリーンミート 培養肉が世界を変える』から紹介 第3回

肉の細胞を培養して「クリーンな」食肉をつくる―。これは、もはやSFではない。世界ではバイオテクノロジーのスタートアップ企業がこの事業に大真面目に取り組み、投資家たちが資金を投入している。「約1万年前の農業革命以来、最大の変革が起きるだろう」と語る著者ポール・シャピロが、培養肉を巡る技術開発とビジネス最前線に迫る書籍『クリーンミート』(日経BP)から、一部抜粋してお届けする。(全3回)

 オランダのマーストリヒト大学からの援助とグーグル創業者であるサーゲイ・ブリンからの財政支援を武器に、研究者のマーク・ポストはついに牛肉の培養に着手した。動画撮影班をしたがえて、ポストはオフィスから4、5キロのところにある小さな食肉処理場を訪ね、培養開始に必要な細胞を採取した。そこはポストに言わせると「およそ考え得る限り最高に専門化した」食肉処理場で、近隣の放牧地で成長ホルモンや抗生物質をまったく使わずに育った肉牛だけを受け入れていた。

 1時間あたり最高で400頭もの牛を殺す一般的な処理場とちがい、ここでのペースは90分間に1頭の割合だ。ふたりしかいない従業員が、1頭殺すたびにすべて解体を終えてから次の牛にとりかかるためだ。

 この食肉処理場のオーナーとは、1頭のベルジャン・ブルーからごくわずかな筋肉組織を採取することで話がついていた。ベルジャン・ブルーは肉牛の品種で、脂肪分の少ない筋肉質の体格で知られる。あいにく、生きた動物から研究目的で組織を採取することはEU圏では動物実験とみなされるため、プロジェクトの遅れを(最悪の場合は中断を)回避するためには、牛が殺されてから組織を採取する必要があった。

「必要なのは小さじ1杯分ほどの、ほんの小さな筋肉片だった」。ポストは親指と人差し指のあいだを2センチほど開けるしぐさをした。「本当は、生きた牛から採取した組織を使いたかったんだが」。ポストは残念そうだった。「でも、生きていても殺されたばかりでも、動物の筋組織には何のちがいもない。生体組織を採取する許可さえあれば、ぼくたちがやったのとまったく同じことは、生きている動物を使っても簡単にできる」

 ポストの計算によれば、この培養手法なら、1頭の牛からひとつの組織片を取るだけで、理論的には2万トンの牛肉、つまり肉牛40万頭以上分にあたる牛肉を生産できる。クォーター・パウンダー(約120グラム分のパテ)1億7500万枚分だ。ポストが採取した筋組織は、あとにつづく何世代もの新たな細胞を生み出すだろう。ある意味、ハンバーグを1個つくるたびに世界を救う、細胞界のイブとも呼べそうだった。

 だが、まずはポストが、最初の1個をつくらなければならない。

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