グーグル創業者も支援した、培養肉研究
書籍『クリーンミート 培養肉が世界を変える』から紹介 第2回
培養肉の技術は「動物を殺さない」とか「持続可能だ」とか言うとき、このことは忘れられがちだ。しかも血清は高価だ。ウシ胎児血清はわずか1リットルで500ドルほどもするから、倫理的な問題だけでなく、財政的な問題も生じる。幸い、細胞農業界には、植物由来の血清や合成血清を使用したり、あるいは血清をまったく使用しない方法をいくつも考え出したりして、すでに動物由来の血清とは完全に縁を切っている会社もいくつかある。だが少なくとも2013年には、ポストはまだウシ胎児血清を使っていた。ポストの目的は、生体外で1食分の食肉が実際につくれることを実証する、単なる概念実証だったからだ。
ポストの考えでは、ハンバーグ1個をつくるのに必要な牛の筋繊維は約2万本だ。増殖のスピードから計算すると、たった3カ月しかかからない。牛を育てて解体するよりはるかに速い。しかも、スタッフとスペースをさらに投入すれば、その3カ月はわずか数週間にまで短縮できそうだった。通常の肉牛に必要な飼育期間は、ほとんどの場合約14カ月、グラスフェッド牛(肥育場で暮らしたことのない放牧牛)だと通常24カ月だ。つまり、どこからどう見ても、ポストとフェアストラータは生きた牛よりはるかに速く牛の筋肉を育てられるうえ、大量生産さえ可能になれば、一定期間にとれる牛肉の量は、どんな大きな群れからとるよりもはるかに多いことになる。
育てるのは筋肉だけで、牛の体のうち需要の少ないそのほかの部分は育てないので、生産に必要な資源もはるかに少ない。たとえば、肥育場では牛1頭に対して1日に9キロ以上の飼料が必要だ。これを飼育日数にかけ合わせれば、飼料用のトウモロコシや大豆の栽培に、世界じゅうでこれほど広大な農地が使われているのも納得できる。逆に言えば、アマゾンの熱帯雨林が伐採されている理由を知りたければ、増え続ける世界の食肉需要を考えるだけで事足りるということだ。
この先進的なプロジェクトに出資する理由を、マーストリヒト大学は声明文でこう説明している。「食肉の消費量が減る兆しはまったく見えません。食肉が食卓から消える未来を考えるのは、非現実的です。食肉を供給し続ける持続可能な方法を見つけ出す必要があるのです」
つづく
ポール・シャピロ(Paul Shapiro)
動物の体外で育った本物の肉を食べた人の数が、まだ宇宙へ行った人よりも少なかったころ、初めてクリーンミートを口にした。クリーンミートを食べた最初の人類に数えられると同時に、TEDxの講演者にして、動物愛護の組織「Compassion Over Killing」の設立者。また、最近「動物愛護の殿堂」入りを果たした。日刊紙から学術雑誌に至るまでさまざまな媒体で、動物に関する記事を多数発表している。
クリーンミート 培養肉が世界を変える
著者名:ポール・シャピロ(著)、ユヴァル・ノア・ハラリ(序文)、鈴木 素子 訳
クリーンミートとは動物の細胞から人工培養でつくる食肉のこと。成長ホルモン、農薬、大腸菌、食品添加物に汚染されておらず、一般の肉よりはるかに純粋な肉。培養技術で肉をつくれば、動物を飼育して殺すよりも、はるかに多くの資源を節減できるうえ、気候変動に与える影響もずっと少なくてすむ。そして、安全性も高い。2013年に世界初の培養ハンバーグがつくられ、その後もスタートアップが技術開発を進めている。これはもはやSFではない。シリコンバレー、ニューヨーク、オランダ、日本など世界の起業家たちがこのクレイジーな事業に大真面目に取り組み、先を見据えた投資家たちが資金を投入している。フードテックの最前線に迫る! 価格 1,980円(税込)
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