グーグル創業者も支援した、培養肉研究

書籍『クリーンミート 培養肉が世界を変える』から紹介 第2回

肉の細胞を培養して「クリーンな」食肉をつくる―。これは、もはやSFではない。世界ではバイオテクノロジーのスタートアップ企業がこの事業に大真面目に取り組み、投資家たちが資金を投入している。「約1万年前の農業革命以来、最大の変革が起きるだろう」と語る著者ポール・シャピロが、培養肉を巡る技術開発とビジネス最前線に迫る書籍『クリーンミート』(日経BP)から、一部抜粋してお届けする。(全3回)

 オランダの医師、マーク・ポストがクリーンミート分野の研究に乗り出したのは、オランダ政府が世界で初めてこの分野の研究に資金を投入しだしたときだった。もともとこの分野に興味をもっていたポストは、初の研究グループに加われて大喜びだった。

 ベルギーとの国境近くにあるオランダの小さな大学、マーストリヒト大学で働きながら、ポストは、同じ興味を共有する寄せ集めの研究者集団に加わった。全員がほかにも研究プロジェクトを抱えていたので、培養肉に割ける時間はせいぜい週に1日だった。だがポストは急速に培養肉にはまっていった。研究仲間は、たとえば畜産業の生産性を上げたいなど、さまざまな動機で集まっていた。だがポストの頭にあったのは、世界規模の食料危機を解決するための、動物の筋肉培養だけだった。

 ポストが目をつけたのは、筋サテライト細胞と呼ばれる特定の種類の細胞だった。食肉をつくっている骨格筋細胞の、前駆細胞だ。筋サテライト細胞は、筋肉以外のものには分化しない。どんな体細胞にも分化できる幹細胞とちがって、筋サテライト細胞は筋肉をつくる必要が生じるまで、たとえば筋細胞が壊れるほどの激しい運動をしたようなときまで、体のなかでじっと待っている。そしてそのときが来たら、筋肉をつくるという、ただひとつの使命を果たすのだ。

 この生産手法は、植物由来のフェイクミートとの大きな差別化要因になると、ポストは見ている。植物由来の肉はすでに無数にあるが、通常の食肉と比べれば市場に占めるシェアはほんのわずかだ。「なかにはとてもおいしいものもあるけれど、植物由来の肉はたいてい、ふつうの肉より高価だ。完全に肉の味がするわけでもない。ぼくたちがつくろうとしているのは、これまでの肉より安く、それでいて舌触りも味もこれまでの肉と見分けがつかない、本当の肉なんだ」

 オランダ人研究者のファン・エーレンが初めて培養肉生産手法の特許を取得してからちょうど10年後の2009年、ポストはマウスの筋肉の試験管内培養に成功した。まもなく牛肉でしようとしていることを、まずはマウスで実現したのだ。ポストはマウスの筋肉から単離した筋サテライト細胞をシャーレ内の足場に固定し、細胞が分化して大きく強い筋繊維に育つのを待った。「そうやって細胞を欠乏状態にさせることで指示を出すわけだ。すると細胞は育ち始めるが、足場のせいで収縮して張力が生じる。それがタンパク質合成を促すんだ」。ポストはそう説明してくれた。

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(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI, NATIONAL GEOGRAPHIC)
(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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