次なる食の革命「細胞農業」とは

書籍『クリーンミート 培養肉が世界を変える』から紹介 第1回

肉の細胞を培養して「クリーンな」食肉をつくる―。これは、もはやSFではない。世界ではバイオテクノロジーのスタートアップ企業がこの事業に大真面目に取り組み、投資家たちが資金を投入している。「約1万年前の農業革命以来、最大の変革が起きるだろう」と語る著者ポール・シャピロが、培養肉を巡る技術開発とビジネス最前線に迫る書籍『クリーンミート』(日経BP)から、一部抜粋してお届けする。(全3回)

(PHOTOGRAPH BY ROBERT HARDING PICTURE LIBRARY, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 いま私たちが立ち会っているのは、次なる食の革命の幕開けなのかもしれない。そんな期待をかき立てるのが、細胞農業だ。

 細胞農業とは、動物には手を触れず、広大な農地をより自然な生息地として動物たちに返しつつ、本物の肉をはじめとしたさまざまな畜産品を研究室で生産する手法だ。学問と医学の分野で開発された技術を利用して、ほんの少量採取した動物の筋細胞から生体外で筋組織をつくるのだ。

 現在、複数のスタートアップが、この技術によって商品の開発を進めている。さらには、動物の幹細胞に完全に見切りをつけて、牛乳、鶏卵、レザー、ゼラチンを分子レベルから生産しているスタートアップもある。これらの製品はどれも、これまでの畜産品と実質的に同じ、本物だ。ただし生産過程には、まったく動物が使われていない。

 スタートアップ各社はこの新技術を応用し、英国の元首相、ウィンストン・チャーチルの予測(※)を実現しようと懸命に働いている。私がこれを書いているいま、彼らは顕微鏡サイズの生物細胞から、さらには酵母、細菌、微細藻類などから、本物の畜産物を生産している。細胞農業によるそうした畜産物が、既存の食品業界とファッション業界に革命を起こそうとしている。それによって、世界が直面している深刻な環境的・経済的な課題が解決へと導かれるかもしれない。ただしそのためには、世界規模での商品化に必要な資金と認可、消費者の支持を得られなければならない。

 植物由来タンパクによる革命も、有望視されている。こちらは細胞農業よりかなり先行していて、豆腐を七面鳥の丸焼きに似せて加工した「トーファーキー」、豆乳の「シルク」、植物由来のフェイクミート「ビヨンドミート」といった多数の商品がすでに市場に出回っている。だが、細胞農業はそれとはちがう。スタートアップ各社が実験室で培養している製品は、肉、牛乳、卵の代替品ではなく、正真正銘の畜産品だ。

※1931年のチャーチルのエッセイ『フィフティ・イヤーズ・ヘンス(50年後)』の中で、「人類は胸肉や手羽肉を食べるために鶏を丸ごと育てるなんてバカなことはやめて、それぞれの部位をふさわしい培地で別々に培養するようになるだろう」と述べている。

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