次なる食の革命「細胞農業」とは

書籍『クリーンミート 培養肉が世界を変える』から紹介 第1回

 細胞農業のスタートアップが成功すれば、地球環境にも動物にも私たちの健康にも、良いことずくめなのは明らかだ。もちろん、何千万ドルもの資金を注ぎ込んだ投資家たちにとって、明らかなことはもうひとつある。大規模な技術革新が起きる場所には富が築かれるという原則だ。

 ビル・ゲイツは2016年12月、ジェフ・ベゾスやリチャード・ブランソンなどの富豪仲間とともに新たなベンチャーキャピタル「ブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ」を設立した。その際に受けたテレビ局CNBCのインタビューで、細胞農業のスタートアップの可能性に言及している。「注目していく予定の企業は何十社もあります。農業関連では、すでに何人かが開発を進めている人工肉の分野も考えています。現代の畜産業はCO2の大きな排出源です。別の方法で肉をつくれるようになれば、動物虐待をはじめ多くの問題を回避できるうえ、畜産物をいまより安くつくれますからね」

 ゲイツは何年も前から植物由来のフェイクミートに投資してきたが、2017年8月にはブランソンやゼネラル・エレクトリックの元CEOのジャック・ウェルチなど大実業家の仲間とともに、クリーンミートへの投資にも乗り出した。あるスタートアップへの投資が決まったとき、ブランソンは大喜びで浮かれ騒ぎ、次のように予言した。「30年ほどたてば、動物を殺す必要はなくなるだろうし、肉はすべて、いま食べている肉と同じ味のクリーンミートか、または植物由来のフェイクミートになるだろう。しかも、その肉はきっと、いまより健康的になっている。将来、私たちは昔をふり返って思うだろうね。動物を殺して食べていたなんて、祖父母の代はなんて野蛮だったんだろうって」

 食の安全性だけをとっても、培養肉は革新的だ。食肉処理場には糞便汚染という大きなリスクがある。排泄物が体外に排出されていようといまいと、そのリスクは変わらない。見慣れない、恐ろしい食肉処理場に連れてこられた動物が排便するのは、よくあることだ。解体中に出た腸内の糞便も汚染源になる。食品が媒介する最も危険な病原体である大腸菌やサルモネラ菌などの腸菌は、この糞便汚染が原因で肉に付着する。だが培養肉にはそんな問題はない。生体外で、完全無菌の環境下で培養されるため、当然ながら糞便汚染の心配はないのだ。細胞農産品を推奨するグッドフード・インスティテュート(GFI)が「クリーンミート」という言葉を広めたのも、これが主な理由だ。

 同じ理由で、食の安全を求める活動家の少なくとも一部は、クリーンミートの誕生を歓迎している。公益科学センター(CSPI)の創設者マイケル・ジェイコブソン博士もそのひとりだ。トランス脂肪やオレストラといった食品添加物の危険性を訴えて反対運動を行っている博士だが、細胞農業については肯定的で、私にこう言った。「いまよりはるかに安全な畜産品を、より持続可能性の高い方法で生産できる優れた手法です。私なら喜んで食べますよ」

つづく

ポール・シャピロ(Paul Shapiro)

動物の体外で育った本物の肉を食べた人の数が、まだ宇宙へ行った人よりも少なかったころ、初めてクリーンミートを口にした。クリーンミートを食べた最初の人類に数えられると同時に、TEDxの講演者にして、動物愛護の組織「Compassion Over Killing」の設立者。また、最近「動物愛護の殿堂」入りを果たした。日刊紙から学術雑誌に至るまでさまざまな媒体で、動物に関する記事を多数発表している。

クリーンミート 培養肉が世界を変える

著者名:ポール・シャピロ(著)、ユヴァル・ノア・ハラリ(序文)、鈴木 素子 訳

クリーンミートとは動物の細胞から人工培養でつくる食肉のこと。成長ホルモン、農薬、大腸菌、食品添加物に汚染されておらず、一般の肉よりはるかに純粋な肉。培養技術で肉をつくれば、動物を飼育して殺すよりも、はるかに多くの資源を節減できるうえ、気候変動に与える影響もずっと少なくてすむ。そして、安全性も高い。2013年に世界初の培養ハンバーグがつくられ、その後もスタートアップが技術開発を進めている。これはもはやSFではない。シリコンバレー、ニューヨーク、オランダ、日本など世界の起業家たちがこのクレイジーな事業に大真面目に取り組み、先を見据えた投資家たちが資金を投入している。フードテックの最前線に迫る! 価格 1,980円(税込)

「ナショジオ トピックス」最新記事

バックナンバー一覧へ