科学に基づいてないとダメだ!――『スター・トレック BEYOND』のジャスティン・リン監督に聞いてみた
台北市に生まれ、米国カリフォルニア州で育ったジャスティン・リン(林詣彬)は、現在40代半ばの台湾系アメリカ人映画監督だ。
2002年、裕福なアジア系青年たちの気だるくも殺伐とした日常を描いた映画『Better Luck Tomorrow』(日本未公開)で気を吐いて以来、米エンタテインメント界で活躍するアジア系の才能の中でも、注目され続けている存在である。
その後、『ワイルド・スピード』(Fast & Furious)シリーズでは第3弾から第6弾までを監督し、同シリーズの事実上の「育ての親」となったジャスティン。彼が監督したのは日本を舞台にした『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』からだが、同作プロデューサーたちは当初、「ゲイシャを出して、フジヤマを撮って、仏教のテンプルの周りで車がドリフトしてればいいだろ」という認識だったという。そんな彼らにジャスティンは「本当の日本はそんなところじゃないですよ」と教え諭した。我々日本人は感謝するしかない。
『スター・トレック』シリーズ最新作の監督を務めたのが、そのジャスティンだ。この人選は、一部で意外と受け止められた。『ワイルド・スピード』シリーズの印象が強かったのだ。だが、彼と『スター・トレック』の縁は想像以上に深いものだった。
☆ ☆ ☆
――まずは、あなたと『スター・トレック』との馴れ初めをお聞かせください。
一家で米国に渡ったのは、僕が8歳の時。両親はカリフォルニア州アナハイムでレストランをひらいた。感謝祭の日以外は年中無休だから、1年に364日の営業だ。レストランの閉店は夜9時、片付けが終わって家族でディナーを食べるのが10時。そして食べ終わった11時に『スター・トレック』が始まる。だから、8歳から18歳まで、僕は『スター・トレック』を基本的に毎晩見ていた。僕にとってはそれこそが家族団らんの時間だった。
8歳の僕は、地球を半周して移住した新たな環境、見知らぬ土地で、孤独を感じたし怯えてもいた。でも、『スター・トレック』では、それぞれ異なるバックグラウンドをもつ人々が団結してファミリーとなり、航海に乗り出し、宇宙を探索していく。僕は、この「ファミリー」という感覚に影響された。今でもそれを大切にしている。
――それは80年代ですよね? ということは、60年代のオリジナル・シリーズ(宇宙大作戦)の再放送?
ああ、僕にとって『スター・トレック』といえば、60年代のオリジナル・シリーズ(宇宙大作戦)だ。続く『新スター・トレック』が始まったのは87年で、僕が大学に行くころ。だから、飛び飛びでしか見ていない。『新スター・トレック』を見て感心したこともあるけど、オリジナル・シリーズへの思い入れは、やはり格別だ。
僕にとって、『スター・トレック』のエッセンスはオリジナル・シリーズにある。何度見ても、そのたびに新たな発見があるし、理解が深まるんだ。『スター・トレック』を見て成長するうちに気づいたのは、最良のSFとは現実を映す寓話である、ということだ。
――そうやって『スター・トレック』で育った少年が、ついに『スター・トレック』の一部になりましたね。それも、1966年に始まったシリーズにとって50周年記念作である『スター・トレック BEYOND』という素晴らしいタイミングで。
プロデューサーのJ・J・エイブラムスが電話をくれたのは今から21カ月前……まだ2年もたっていない。『スター・トレック』を愛してはいても、自分が関わるとは一度も考えたことがなかった。あの電話を受けた瞬間を愛しく思い出すよ。
でも振り返ってみると、特異な体験でもあった。もし「イエス」と答えれば、タイトなスケジュールになるのは、間違いなかった。撮影に5カ月。その期間を含め、すべてを仕上げるまでの猶予が18カ月。だから監督を引き受けてからは、脚本家、キャスト、全クルーに心構えを徹底させた。これはハリウッド大作だけど、インディー映画を作るときのような、24/7精神で行くんだ、と。ストリートでいうところの「ハッスル」だ。
ほかの大作映画では、2秒のシーンのために丸一日かけることもある。でもこの映画では、そんなことはやらなかった。4つのステージで撮影がフル稼働で同時進行。シーンからシーンへ飛び回るクリス・パイン(主人公のカーク役)は自分がどの場面を演じているかもわからなくなり、「ジャスティン、君を信頼するしかない」と言ってたよ。
――J・J・エイブラムスが製作総指揮を務めるようになってから、つまり2009年からの映画『スター・トレック』シリーズは、かつての同シリーズへのオマージュが多いですよね。今作『スター・トレック BEYOND』に関して、作る上で特に参考にした過去のTVシリーズ・エピソードや劇場版はありますか?
監督に決まってから、「オリジナル・シリーズのエピソードをすべて見返すんだろ?」といろんな人に言われた。でも、僕はそれを避けた。オマージュとパクリの間には、明確な一線があると思う。必要なのは、エッセンスとスピリットを継承することだ。
僕が心掛けたのは、キャラクターたちを磨きあげること。見ている人がキャラクターたちに思い入れを抱けなければ、アクションなんて無意味だからね。それは『ワイルド・スピード』でも『スター・トレック』でも同じことだ。あとは、新たな種族と新たな星を『スター・トレック』の系譜に付け加える。それが僕流の敬意の示し方なんだ。
――『スター・トレック』というシリーズは、現実世界に影響を与えてきたことでも知られていますよね。特に科学・技術面で。
確かに、『スター・トレック』に出てくるコミュニケーターは、のちに開発されたフリップ式携帯電話にそっくりだよね。『スター・トレック』が現実を決定づけた一例だ。
面白かったのは、『スター・トレック BEYOND』の終盤を撮っているときだ。ヨークタウンの換気システムを巡って、カークが悪役のクラールと戦うあたり。無重力状態の中で、カークがコミュニケーターを使って機関主任のスコッティとしゃべるシーンがある。今回の制服はコミュニケーターを装着できるようにデザインしたから、スピーカー機能をオンにして話せばいい。でもクリス・パインは心配性で、「コミュニケーターは手で握らなくていいのか? 長年『スター・トレック』を見てきたファンが、ハンズフリーを受け入れてくれるかどうか……」と言うんだ。
だから僕は言った。「それは受け入れざるを得ないよ。僕らが生きている今の時代でも、すでにハンズフリーで話せるようになってるんだから」と。
――最近、ナショナル ジオグラフィックが『スター・トレック オフィシャル宇宙ガイド』という本を出しました。これはまさに、『スター・トレック』の宇宙を現実の科学で解析していくものです。
『ナショナル ジオグラフィック』と『スター・トレック』のコラボレーション?! ワオ、これはクールだね!
実は、『スター・トレック BEYOND』のエンディングは本来、違うかたちだった。でも脚本担当のサイモン・ペグとダグ・ユングと話して、「科学に基づいてないとダメだ!」ということになって、今のかたちに落ち着いたんだ。
もちろんビーミング(転送)が科学的に正しいというわけではない。でも、少なくともそこには現実の科学へのリスペクトがある。それがスター・ウォーズなどほかの作品と違う点だ。『スター・トレック』に関わるときは、現存する科学と関連づけることを忘れてはならないんだ。
――最後に、「ジャスティン・リンが考える『スター・トレック』が世界にもたらしたもの」を教えてください。
希望。僕が『スター・トレック』に関して大好きなのはそこだ。人類はときとして失敗するし、バカなこともする。でも、みんなで団結していれば、なんとかやっていけるだろう。そんな希望を与えてくれるのが『スター・トレック』だ。
聞き手・文=丸屋九兵衛(QB Maruya)
公開中
(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved. STAR TREK and all related marks and logos are trademarks of CBS Studios, Inc.
配給:東和ピクチャーズ
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