あの大英博物館のミイラ展が開催、監修者が見どころを解説

6人の古代エジプト人のミイラと彼らにまつわる展示

 第3中間期から末期王朝時代に生きたアメンイリイレト、ネスペルエンネブウ、ペンアメンネブネスウトタウイ、タケネメトの4人のミイラのCTスキャン画像から、全員が現代病と呼ばれる心血管疾患と動脈硬化症にかかっていたことが判明した。特に、アメンイリイレトのミイラからは、彼が癌に冒されていたことが明らかとなった。ミイラから癌の痕跡が見つかるのは稀であり、このことから人間がかなり古くから癌を患っていたことが明らかとなった。また4人のミイラのうち3人からは、虫歯や歯の欠損、根尖(こんせん)病変が確認された。

アメンイリイレトの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像<br>末期王朝時代・第26王朝、前600年頃、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
アメンイリイレトの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像
末期王朝時代・第26王朝、前600年頃、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 アメンイリイレトは、第3中間期第25王朝のテーベにおいて、最高神アメンの妻として絶大なる権力を誇ったアメンイルディス1世の所領を彼女の死後約100年後(末期王朝時代・第26王朝、前600年頃)に管理していた役人であった。

メンの『死者の書』:審判の間<br>プトレマイオス朝時代・前332~前30年、出土地不明、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
メンの『死者の書』:審判の間
プトレマイオス朝時代・前332~前30年、出土地不明、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 アメンイリイレトの展示コーナーには古代エジプトの葬祭にまつわる信仰に関する遺物が展示される。ミイラ作りの図、死者が復活するために必要な「口開けの儀式」に必要な道具、死者が来世で復活するために不可欠な『死者の書』のパピルスなどが展示される。

カルトナージュ棺に納められたネスペルエンネブウのミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画<br>第3中間期・第22王朝、前800年頃、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
カルトナージュ棺に納められたネスペルエンネブウのミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画
第3中間期・第22王朝、前800年頃、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 ネスペルエンネブウは12代にわたって代々神官を務めた家系の末裔で、テーベの月の神コンスの神官であった。彼の生きた第3中間期・第22王朝(前800年頃)は、ミイラ作りの技術が最盛期を迎えた頃で、CTスキャンからミイラに配されたさまざまな護符や装身具などの遺物の存在が明らかとなっている。これらの護符や装身具は、画期的なことに3次元構築データを使って3Dプリントされ、展示される。また、ネスペルエンネブウのミイラには、頭頂部を覆う包帯の中に粘土製の碗が置かれていた。この特異な処置の意味は依然として謎のままである。

ペンアメンネブネスウトタウイの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像<br>第3中間期・第25王朝、前700年頃、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
ペンアメンネブネスウトタウイの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像
第3中間期・第25王朝、前700年頃、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 ペンアメンネブネスウトタウイは、第3中間期・第25王朝(前700年頃)に猫の女神バステトなどデルタ地帯の神々の神官であった。ただし棺の様式やミイラ製作の技術からテーベに埋葬されたと推定されている。ペンアメンネブネスウトタウイの展示コーナーには、古代エジプトの医学、古代エジプトの食べ物についての展示があり、料理人の手の痕があるパンや虫害のあるパンは興味深い。

手跡が残ったパン<br>新王国時代 前1550~前1069年頃、テーベ、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
手跡が残ったパン
新王国時代 前1550~前1069年頃、テーベ、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)
タケネメトのミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像<br>第3中間期・第25王朝、前700年頃、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
タケネメトのミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像
第3中間期・第25王朝、前700年頃、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 タケネメトは第3中間期・第25王朝の既婚女性である。内棺は精緻な図像と文字で装飾されており、この時代を代表する女性の棺である。彼女のミイラのCTスキャンから頭の天辺で髪がだんご状にまとめられていることがわかった。古代エジプトの壁画ではだんご状にまとめた女性の髪型は描かれないので、大変興味深い。タケネメトの展示コーナーには、古代エジプトの女性の身づくろいや彼女たちが奏でた音楽に関する遺物が展示される。装身具、化粧道具、楽器など古代エジプトの女性を象徴するさまざまな遺物から当時の女性たちの文化が伝わってくる。

女性のミイラ肖像画<br>ローマ支配時代 後190~後210年、伝アル=ルバイヤート出土、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
女性のミイラ肖像画
ローマ支配時代 後190~後210年、伝アル=ルバイヤート出土、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)
子どものミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像<br>ローマ支配時代、後40~後55年頃、大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
子どものミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像
ローマ支配時代、後40~後55年頃、大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 さらに、本展ではエジプトがギリシャやローマに支配されたグレコ・ローマン時代(前332〜後395年)の子どもと若い男性のミイラも展示される。この時代はギリシャおよびローマの文化がエジプトに受容され、埋葬習慣の伝統にも影響をおよぼした。

 ローマ支配時代の子どものミイラの顔の部分には肖像画が描かれた木製板が装着され、遺体には彩色された覆い布が被せられている。顔の部分の木製板の両側は茶色い皮膜で覆われているが、CTスキャンの結果その部分にはイシス女神やネフティス女神の図像が明らかとなった。この展示コーナーでは、古代エジプトの子どもの生と死に関わる遺物を展示する。子どもの玩具や装身具は他の展覧会ではなかなか目にしないものである。

若い男性のミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像<br>プトレマイオス朝時代後期~ローマ支配時代初期、前100~後100年頃 大英博物館(&copy;The Trustees of the British Museum)
若い男性のミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像
プトレマイオス朝時代後期~ローマ支配時代初期、前100~後100年頃 大英博物館(©The Trustees of the British Museum)

 若い男のミイラでは、CTスキャン画像から脳の摘出に使われた木製の道具の一部が頭蓋骨の中に残された状態であることが判明した。グレコ・ローマン時代には、ギリシャ・ローマの美術表現の影響が顕著となる。またエジプトの伝統的な副葬品は姿を消し、宝飾品やガラス製容器などの日用品が主流となった。最後の展示コーナーでは、このような古代エジプトの伝統文化の変貌が示される。

日本特別コンテンツ:サッカラ遺跡の発掘調査と古代エジプト文明と日本人

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベ前での発掘調査<br>(&copy;North Saqqara Project)
サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベ前での発掘調査
(©North Saqqara Project)
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サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベの入口<br>(&copy;North Saqqara Project)
サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベの入口
(©North Saqqara Project)
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 本展の日本特別コンテンツとして、日本・エジプト合同調査隊によるサッカラ遺跡の発掘調査の展示がある。このコーナーでは、調査隊が2019年に発見したナイル川流域で最初の例となるローマ支配時代のカタコンベ(地下集団墓地)について、実寸大の部分模型とパネルを使って展示する。大英博物館から出品された6体のミイラはいずれもエジプトの墓から出土したものであり、この展示でそうしたミイラの埋葬場所の1つの例がよくわかるだろう。また、エジプト考古学の発掘現場の実際の作業についても解説する。

 最後のコーナーは「古代エジプト文明と日本人」というテーマで、日本人がどのように古代エジプト文明に関心を持ち、調査・研究を続けてきたのかという内容の展示となる。

 先にも述べたように、本展は、最新の科学技術を駆使して6人の古代エジプト人の生と死に迫るという画期的かつユニークな展覧会である。是非とも足を運んでいただきたい。

【この記事の写真をもっと見る】ギャラリー:特別展「大英博物館ミイラ展」の展示品、あと7点

河合 望(かわい のぞむ)

金沢大学教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。1968年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院近東学科博士課程修了(Ph.D.)。エジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプト現地での発掘調査や保存修復プロジェクトに従事し、サッカラ遺跡の発掘調査にも携わっている。近著は『古代エジプト全史』(雄山閣)。

特別展 大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語

最新のCTスキャンが古代エジプトの謎を解き明かす。”歴史の殿堂“が誇る至宝、約250点が来日!
会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)