実はヒト並みの見え方をしていた?調査でわかったイルカの視力

書籍『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記』から紹介 第2回

吻先で記号選択する鴨川シーワールドのシロイルカ、ナック(写真提供:村山司)
吻先で記号選択する鴨川シーワールドのシロイルカ、ナック(写真提供:村山司)
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フランスのSF小説が原作となった70年代の映画『イルカの日』。当時、この映画をリアルタイムで見た16歳の少年は人間とイルカが話すシーンに衝撃を受け、こう思った。いつかイルカと話したい――。そんな夢を追い求めて、今やイルカ研究者の第一人者となった村山司東海大学海洋学部教授(参考「研究室に行ってみた。東海大学 イルカと話す 村山司」)。孤軍奮闘の三十余年、変わり者扱いされながらたどりついた「夢のはじまり」を綴った新刊『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記』(新潮新書)から、研究人生で一番楽しかったという博士課程のエピソードを一部抜粋してお届けする。(全3回)

 ヒトの視力は健康診断で測ることができるが、イルカはどうしたら視力がわかるだろう。

 イルカでもヒトの健康診断のような方法(行動実験)で視力を測ることはできる。しかしそれには訓練が必要なので、飼育されているイルカでしかできない。ただ、飼育されているイルカがみな訓練できて、ショーができるわけではなく、神経質な種は訓練が難しいし、性格の違いで訓練に向かない個体もいる。

 では、飼育も訓練もできないイルカの視力はわからないのだろうか。

 実は、眼の細胞からイルカの視力を知ることができる。網膜中の神経節細胞というものの密度を測定し、そこから一定の計算方法で視力がわかる。

 眼を切り開いて網膜を取り出し、それを試薬を使って見やすいように染色して細胞を染め分ける。ことばにすれば簡単に思えるが、実はひじょうに繊細な作業で、慣れてきても成功率は6割くらい。だから眼はたくさん集めておいたほうがよい。

 そうして染色された網膜を顕微鏡で見ながら細胞の数を数え、そこから視力を計算する。こうして調べた視力をまとめてみると、どのイルカ(クジラ)も、ほぼおおむねヒトの視力で言うところの0.1くらいであることがわかった。

 これを眼が良いと思うか悪いと思うかは人それぞれであろうが、格段に悪いわけでもないと思う。視力が0.1の人はたくさんいるし、私の裸眼はもっと悪い。それでもそれなりに周囲の様子はわかる。イルカもヒト並みの見え方をしていると言えそうである。

 ちなみにこうして眼球の網膜から求めた視力と行動実験による視力検査で求めた視力とではあまり差がない。

 イルカの視力についてはあまり研究例がなく、かなり前に行動実験で調べられた例がバンドウイルカ、シャチ、カマイルカであるだけ。こうして眼を解剖して視力を調べた研究は、当時はソ連(現・ロシア)の女性研究者と私の二人だけだった。

 イルカの視力という、誰でも興味を持ちそうなテーマなのに、私は世界的にレアな存在だったわけで、そういうことが研究のモチベーションになる。

 そこで成果をもっと世界に発信したいと思い、モスクワで開かれた海獣類の感覚に関するシンポジウムで発表した。これが私にとって最初の国際学会である。

 当時はソ連末期の頃。まだ、サンクトペテルブルクがレニングラードと呼ばれていた時代。直前に大統領の幽閉事件などもあって、シンポジウムの開催が危ぶまれたのもソ連らしい。著名な研究者と知り合えたシンポジウムもさることながら、文化も制度も何もかも違うソ連という国に17日間滞在したが、新鮮なことばかりで楽しかった。

 まだ10月なのにモスクワの郊外の森林の墨絵のような雪景色も、また、雪降るフィンランド湾も美しかった。ロシア人による「カリンカ」も聞かせてもらった。一番印象に残ったのは、とにかく狭いアエロフロート機の窓から見た夕陽にピンク色に染まるウラル山脈の姿。あれは網膜に焼き付けた。

 でも、飛行機は苦手なので、もう見ることはないだろうな。

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