鴨川シーワールドの人気者、シロイルカのナック。村山氏の三十余年の研究を共にしている。(写真提供:村山司)
鴨川シーワールドの人気者、シロイルカのナック。村山氏の三十余年の研究を共にしている。(写真提供:村山司)
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フランスのSF小説が原作となった70年代の映画『イルカの日』。当時、この映画をリアルタイムで見た16歳の少年は人間とイルカが話すシーンに衝撃を受け、こう思った。いつかイルカと話したい――。そんな夢を追い求めて、今やイルカ研究者の第一人者となった村山司東海大学海洋学部教授(参考「研究室に行ってみた。東海大学 イルカと話す 村山司」)。孤軍奮闘の三十余年、変わり者扱いされながらたどりついた「夢のはじまり」を綴った新刊『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記』(新潮新書)から、研究人生で一番楽しかったという博士課程のエピソードを一部抜粋してお届けする。(全3回)

「イルカと話したい」を夢にいだき、イルカの認知の研究を始めることになった。しかし、日本では誰も先駆者がおらず、たどるべきレールも何もなかった。だから、独力で研究していくしかなかった。

 ところで、イルカと話すためにはどうしたらいいか。ほかに研究例もないのだから、そこは自由に考えることができるわけだが、答えは割とすぐに思いついた。

「ヒトと同じことをやればいい」

 学生時代、語学の授業に悩まされた人は多いはず。英語やフランス語、中国語など、生まれ育ってもいない国のことばを覚えるのはたいへんなことだ。一から勉強して、練習を積んで最後は異国の人と会話もできるようになる。それが語学の勉強のしかたである。

 それは動物でも同じではないか。その方法をイルカにも使えるのではないか。教える相手がヒトか動物かの違いだけ。私たちが英語やドイツ語を習ったように、イルカにも同じ方法でことばを教えればいい。

 もちろんそんな簡単な話ではない。ヒトが英語を覚えられるのは、ヒトがヒトに教えるから。これが動物だったらそうはいかない。ヒトがイルカにことばを教える……それにはまず、ヒトの方法がイルカに使えるかを確かめなければならない。

 英語の授業では先生が「アップル」と発音するのが「アップル」と聞こえるから発音を覚える。黒板に「apple」と書いたのを私たちは「apple」と見えるからスペルを覚える。こうしてヒトは発音を聞いたり、スペルを見たりして語学を習ってきたが、果たしてイルカもヒトと同じようにものが見え、音が聞こえ、そして同じように考えることができるのか。

 イルカに見えも聞こえもしないのでは、いくらヒトの方法でことばを教えようとしてもだめだし、また、もしそう感覚できたとしてもそれをヒトと同じように解釈・咀嚼できなければ覚えることもできない。

 そこで、イルカが私たちヒトと同じように知覚し、理解できるのかを知りたい。ヒトが示した音や図形がヒトと同じように見えたり聞こえたりするのか、それがわかってはじめてヒトの方法が使える。

 イルカにことばを教える研究のプロローグ。まだまだ夢の入口はずっと先である。

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