イルカの「眼」を解剖した理由

書籍『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記』から紹介 第1回

「ください」と言えなくて

 イルカの眼は水族館から提供してもらうこともある。ただし、これがなかなか阿吽の呼吸。

 水族館にとっては花形動物のイルカ。少しでも長く、健康でいてほしいと誰しも思っているわけで、そこに「死んだら眼をください」とは言えない。少しずつ、ちょっとずつ話題を近づけ、なんとなく、それとなくねだってみる。そうしてこれまで提供いただいたのがカマイルカ、バンドウイルカ、シロイルカ、オキゴンドウ。

 また、このほかマイルカやコビレゴンドウを研究機関との共同研究を介して入手できた。やや変わり種としては南極海で捕獲されたミンククジラやベーリング海のコマンドルスキー諸島で捕獲されたキタオットセイの眼といったものもある。

 さて、眼を解剖してみる。ちなみに眼の大きさは、体長2メートルくらいのイルカで直径4センチほど。ピンポン玉くらい。また、体長8メートルのミンククジラでは直径10センチ。肉まんのような大きさである。身体のわりに意外と眼は小さい。

 眼球にメスを入れ、二つに割いて中を見てみると、まず目についたのがレンズ。すごくきれい。透明で澄んでおり、透かして見るとレンズごしに遠くの景色が見える。しかもさかさま。本当に「レンズ」なんだ。

 さて、こうした眼で調べたことは構造や網膜の特徴、それから視力と視軸である。

 まず、眼の基本的な構造はみな同じであった。イルカだからヒトと違って「なにか特別な」というようなことはなく、ヒトの眼のつくりと同じである。

 また、眼には網膜というものがある。私たちヒトの眼にももちろんある。網膜は脳の一部とされ、重要な役割を持っている。その構造はやはりどの種もみな同じであった。というか、イルカだけでなく、脊椎動物の網膜のつくりは基本的に共通している。

 要するに、眼のつくりも網膜のつくりも、ヒトもイルカも変わらないことがわかった。ただイルカの眼の網膜は夜行性の動物の構造に似ている。夜道のネコやキツネの眼が光るのはよく知られている。サカナの眼も光る。実は、イルカの眼も光を当てるとよく光る。これらは暗い場所でわずかな光を有効に取り込む構造(タペータムと呼ばれる)があるためで、夜行性動物に共通した特性である。

 ヒトの視力は健康診断で測ることができるが、イルカはどうしたら視力がわかるだろう。

つづく

村山 司(むらやま つかさ)

1960(昭和35)年山形県生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(農学)。水産庁水産工学研究所を経て、東海大学海洋学部教授。イルカの視覚能力や認知機能解明に取り組む。著書に『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』など、近刊に『シャチ学』がある。

イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記

イルカと話したい。しかし、著者には大きな弱点があった。大小かまわず船がダメ、泡を吹き、気絶したことも。これでは大海のイルカは追えない。ならば、「陸」のイルカの知能に迫ろう――水族館に通い続ける日々が始まった。ことばを教えるには、音か視覚か? シャチが実験に飽きた? そしてついに、シロイルカが「私」の名を呼んだ? 孤軍奮闘の三十余年、変わり者扱いされながらたどりついた「夢のはじまり」を一挙公開!

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