イルカの「眼」を解剖した理由

書籍『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記』から紹介 第1回

音で教えたらいいか、視覚がいいか

 イルカにヒトと同じやり方でことばを教えていくとして、それは音で教えたらいいのか視覚がいいのか、どっちだろう。

 イルカと言えば音の動物である。それはよく知られたことなので、ことばを教えるならイルカが得意な音を使えばいいじゃないかと、誰しも考える。しかし、イルカの聴覚の研究はすでに1970年代以前からアメリカやソ連(当時)を中心に猛烈に行われていて、かなりの水準まで達していた。いまさらそこに参入してもそれらの研究に追いつくだけで研究者人生が終わってしまう。

 それに対して視覚の分野は圧倒的にやるべきことがたくさんあった。ということはそれだけやりがいもある。であれば視覚でアプローチすればいい。そう研究の進む道を決めたころ、水産庁水産工学研究所(当時)を訪ねた。

 当時、日本では流し網という漁具にイルカやその他の海獣類、海鳥などがからまって死んでしまうことが国際問題化していた。流し網とは水流や潮流のあるところに網をしかけ、潮の流れに任せて網を流しながら、泳いできたサカナが網にかかったところを捕るという漁法である。かつては日本の周辺の公海ではよく行われていた。しかし、網にかかった獲物を求めて近寄ってきた海獣などの動物がゆらゆらと揺らめく網についからまってしまって溺れるらしい。そこで国はそれを回避する対策を検討することとなり、水工研で聴覚と視覚の面から研究されることとなった。

 日本にはイルカの音の研究者はそこそこいたのだが、視覚の研究者は皆無。水工研は聴覚の研究をしていたので、混獲回避策とまでは至らないが、私は視覚の面、すなわちイルカは物がどのように見えるのか調べることにした。そのための予算も国からつくことになった。

 イルカの感覚と行動について話ができる「味方」とはこうして出会った。

 これから視覚について調べるのであれば、その切り口としてまずは感覚器、すなわち眼を知っておきたい。

 そもそも暗い水中に暮らしているイルカたちの眼はどうなっているのか。明るい陽の下で暮らしている私たちヒトのような動物と違いがあるのだろうか。

 眼を調べるには眼が必要である。しかし、イルカの眼はどこにも売っていないし、カタログやネットにも載っていない。取りに行くしかない。

 最初に出向いたのは岩手県の大槌町。三陸は季節によってイシイルカというイルカの漁があり、シーズンになるとこの大槌の市場には、毎日、何百個体というイルカが水揚げされる。そこでその市場へ出向いて、並んでいるイルカから眼を採取するのである。市場を管理している漁業協同組合に挨拶、さらにイルカを競り落とした人から許しをもらって、並んだイルカから眼球を取り出していく。その数、何十個。この体験は忘れることができない。

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