「文明社会や人づきあいを離れて、豊かな自然のなかで静かに過ごしたい」と思ったことはないだろうか。フィンランド人のティニヤは、6年間過ごした都会を離れてラップランドに戻る決意をした。最北の地、ラップランドの人里離れたところで、水道も電気もない生活を送っている。書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』には、ノルウェーの無人島で灯台守になった元ジャーナリストから、大学教授の職を捨てて古のペルシャ騎士の伝統を守る人、ギリシャの廃村で人生をやり直す人まで、ソロー『ウォールデン 森の生活』を現代に体現する人々10人が登場する。その中から、ここではフィンランドに暮らす「ティニヤ」の章をすべて掲載する。

「物質的な豊かさにはほとんど興味がありません。自然は、私が生きるために必要なものをすべて与えてくれます」

書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano

 北極の幻想的な風景に魅せられたフィンランド人のティニヤ。30代の彼女は、最も近い街からも350キロ離れた場所で、水道も電気も通っていない小さな木造の家に住んでいる。その小屋のすぐそばを流れる川の向こうには、ムオトゥカトゥントゥリ自然保護区が広がり、ひと気のない広大な野生のツンドラ地帯がティニヤと犬たちの遊び場となっている。

 まるで動物の巣穴のような部屋が、ティニヤの唯一の生活空間だ。壁にはハスキー犬の写真が何枚も飾られ、その横には、犬ぞりレースで獲得したメダルや、冬の夜長の作業に使われる北欧のナイフや革製品が並んでいる。彼女はここで、フィヨルド、アイスランド、マスタングといった種類の馬15頭と、賑やかで愛情深い85頭のハスキー犬とともに暮らしている。「みんな、私の親友です。どんな気分のときも、この子たちと一緒にいれば元気になれます」

書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano

 小さい頃は少し引っ込み思案だったというティニヤだが、子供時代から犬とばかり一緒にいた。自然はいつも身近にあり、動物が唯一の友達だったという。あるとき、ジャック・ロンドンの小説に触発されて、犬のためにそりをつくった。そして、静まりかえった大自然のなかでそりに乗ることで、自由とスピードを全身で感じる歓喜の瞬間を経験した。

「自然は、私が生きるために必要なものをすべて与えてくれます。物質的な豊かさにはほとんど興味がありません。たった一人で犬や馬と一緒にいるのが好きなのです。私にとって、大自然のなかにいること以上に穏やかに生きる方法はありません」

書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano

 ティニヤは都会で暮らしていたが、日々、納得できないことが増えていった。外がこんなに寒いのに食べ物をわざわざ冷蔵するなんて……。川で水を汲めるのに、蛇口から水を流すことになんの意味があるのだろう? 結局、フィンランド南部のユヴァスキュラ大学で6年間生物学を学んだ後、できるだけ大自然に近いところで暮らそうと決意。都市での不条理な生活に別れを告げて、自分が生まれ育ったイナリに戻って来た。まったく後悔はなかったという。大自然への情熱と将来の仕事を考えて生物学を選んだものの、ティニヤには、大学で学んだことはあまりにも人間中心で、自然に十分寄り添っているとは思えなかったのだ。

 理論から実践的な作業に乗りかえることで、自分をこれほどまでに魅了し、深いところで一体化できる自然に近づく方法をようやく見つけたティニヤ。いまでは、質素でシンプルなライフスタイルを貫き、皮革と木材といった昔ながらの材料しか使わない。ラップランドの広大なツンドラで生きるトナカイ飼いの人々とのつながりも大切にしている。

書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano
書籍『NO SIGNAL 街を出て、大自然の中で暮らすことを選んだ10人の生き方』より。 Photograph (c) Brice Portolano

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