監修者が解説、特別展「化石ハンター展」の見どころ、100年前の“史上最大級”の探検

10月10日(月・祝)まで、東京の国立科学博物館(上野)で特別展「化石ハンター展−ゴビ砂漠の恐竜とヒマラヤの超大型獣−」が開催中です。ゴビ砂漠を恐竜化石の一大産地に押し上げた化石ハンターからヒマラヤの超大型獣まで、特別展の主な見どころについて、監修者である国立科学博物館名誉研究員の冨田幸光氏に語っていただきます。

チベットケサイの生体復元モデル。(所蔵:国立科学博物館)
チベットケサイの生体復元モデル。(所蔵:国立科学博物館)

 ゴビ砂漠が有名な恐竜化石産地だということは、今では誰もがよく知っている事実である。しかし、今から100年前には、偶然見つかった一片の歯化石以外には、化石はまったく知られていない、ほとんど人跡未踏の秘境だったことはご存知だろうか。その人跡未踏の地へ、哺乳類や人類の起源を求めて大探検隊が入ったのが、ちょうど100年前の1922年のことなのだ。

 この探検隊を率いたのが、ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館のロイ・チャップマン・アンドリュースである。1922年から1930年にかけて、合計5回の大探検(総称して、中央アジア探検隊)を行ったが、それは規模においても成果の大きさにおいても、史上最大級の探検であった。本展では、このアンドリュースの探検100周年を記念して、古生物学史上たいへん重要なその成果を紹介するとともに、その後に続く世界や日本の化石ハンターたちの活躍と成果を紹介している。さらに、アンドリュースに大きな影響を受けた現代の化石ハンターらによって明らかにされた、氷河時代における哺乳類進化に関する「アウト・オブ・チベット」説についても詳しく紹介している。

ロイ・チャップマン・アンドリュース(©American Museum of Natural History – Research Library)
ロイ・チャップマン・アンドリュース(©American Museum of Natural History – Research Library)

 動物好きだったアンドリュースは、大学卒業後ニューヨークに出て、憧れのアメリカ自然史博物館で見習い剥製師として働き始めた。その後は出会いや運にもめぐまれて、めきめきと研究成果を上げ、1910年ごろには日本にも滞在してクジラの研究を行っていた。そして、アンドリュースは、後に同館の館長となるヘンリー・F・オズボーンの「哺乳類や人類の起源はアジアにある」とする学説を信じ、それを証明しようとゴビ砂漠に探検に入ったのが1922年だったのである。化石なんて見つからないのではないかという一部の人々の予想をくつがえし、探検を始めてわずか数日後には、白亜紀の恐竜や始新世という古い時代の哺乳類化石を多数発見したのだ。

ツチクジラの全身骨格。ロイ・チャップマン・アンドリュースは1910年に日本に滞在し、各地の捕鯨基地を訪れてクジラを調査した。(所蔵:国立科学博物館)
ツチクジラの全身骨格。ロイ・チャップマン・アンドリュースは1910年に日本に滞在し、各地の捕鯨基地を訪れてクジラを調査した。(所蔵:国立科学博物館)

 アンドリュースはこの人跡未踏の地を効率よく調査するために、普及し始めて間もない自動車で移動する本隊と、往路ではガソリンや食料などの物資を運び、復路では発掘した化石を町まで運ぶラクダによるキャラバンを組織し、特定の場所で合流して荷物を交換して調査を続けるという、ユニークな方法を取ったのである。年によってその規模は異なるが、最大で研究者本隊が40人、ラクダ隊は125頭を数えた。

 このような方法で、1922年、23年、25年には主に現在のモンゴル側のゴビ砂漠を調査し、多数の全身骨格を含む大量のプロトケラトプス、恐竜の卵の並ぶ巣、オビラプトルやベロキラプトルなどの小型獣脚類恐竜などのほか、始新世という比較的古い時代の大型哺乳類であるアンドリューサルクスやエンボロテリウム、漸新世のパラケラテリウムなど、圧倒的な新発見を続けたのである。本展では、ほかにプシッタコサウルス、アーケオルニトミムス、バクトロサウルス、ピナコサウルスなどの恐竜も展示している。

プロトケラトプスの全身骨格。プロトケラトプスは、アンドリュースの中央アジア探検隊の最初の年(1922年)の調査の最後に、偶然見つかった「炎の崖」で、一つだけ採集された頭骨に基づいて名付けられた。(所蔵:国立科学博物館)
プロトケラトプスの全身骨格。プロトケラトプスは、アンドリュースの中央アジア探検隊の最初の年(1922年)の調査の最後に、偶然見つかった「炎の崖」で、一つだけ採集された頭骨に基づいて名付けられた。(所蔵:国立科学博物館)
恐竜の卵。1923年または1925年に、モンゴル「炎の崖」で発掘された卵化石の複製。当時はプロトケラトプスの卵と考えられていたが、1993年にオビラプトル竜類の卵と判明した。(所蔵:群馬県立自然史博物館)
恐竜の卵。1923年または1925年に、モンゴル「炎の崖」で発掘された卵化石の複製。当時はプロトケラトプスの卵と考えられていたが、1993年にオビラプトル竜類の卵と判明した。(所蔵:群馬県立自然史博物館)

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