寄生虫ハリガネムシがカマキリを操作、驚きの謎の一端を解明

クライマックスの野外実験、カマキリは本当に水平偏光が強い池に飛び込むか!?

 室内実験では、仮説通り、ハリガネムシが寄生したカマキリは水平偏光に誘引されることが分かった。では、野外環境でも、寄生されたカマキリは、水平偏光を強く反射する池に入水するのだろうか? これを確かめて初めて、偏光仮説を実証したと言える。

 そこで、我々は、神戸大学大学院農学研究科附属 食資源教育研究センター(以下、食資源センター)の圃場に、ビニールハウスを設置して、水面からの反射光は明るくない(光強度が弱い)が、水平偏光を多く含む池Aと、反射光は明るいが水平偏光をほとんど含まない池Bを造成した。

 たった2つの池だったが、特に池Aを造成するためには、コンパネ1枚分(1.8 m×0.9 m)の面積を約50 cmの深さまで、手で掘るという重労働が待っていた。暑さの残る晩夏に、大林と佐藤、そして佐倉研究室の佐々木淳成君(当時、修士課程)の3名で、代わる代わる穴を掘った。

苦労して造成したビニールハウスの中の野外実験場。(写真提供:佐藤拓哉)
苦労して造成したビニールハウスの中の野外実験場。(写真提供:佐藤拓哉)
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 池に水を入れ、偏光カメラで写真を撮り、実際に池Aの反射光に水平偏光が多く含まれていることを確かめた時には、とても感動した。2つの池の間には、樫の木を3本配置し、ハリガネムシが寄生したカマキリを放した。各池には定点カメラ・ビデオを設置して、カマキリがいつ、どの池に飛び込んだかを記録し続けた。

 この野外実験は、我々にとってとても重要なものであった。なぜなら、もしカマキリが水平偏光をほとんど反射しない池Bにもたくさん入水するならば、偏光仮説は支持されなくなってしまうからだ。仮説が支持されないことに不安を抱きながらも、興味に突き動かされながら、室内実験の合間をぬっては食資源センターへ観察に通った。

 実験開始から数日後、まずは大林が、続いてその数日後には佐藤が、カマキリが水平偏光を強く反射する池Aに飛び込む様子を目の当たりにした。この時の光景は、今でも鮮明に蘇ってくる。カマキリは、樹上からするすると降りてきて、水面が見やすい位置にせり出した葉の上にしばらくとどまった。カマキリは、葉の上から水面の方を見ながら何度か首をかしげたあと、ふいに水へ飛び込んだ。そしてまもなく、ハリガネムシがお尻から出てきたのだ……。

 こうした観察を重ねるうちに、我々の不安は取り除かれていった。ハリガネムシが寄生したカマキリは、間違いなく、水平偏光を強く反射する池に飛び込んでいる!!

 最終的に、入水行動が確認された16個体のカマキリのうち、14個体が水平偏光を強く反射する池Aに入水していた。室内実験と野外実験の結果に基づき、我々は、「ハリガネムシ類に操作されている宿主は、水平偏光に誘引されて水に飛び込んでいる」と結論した。偏光仮説が実証されたのだ。

正午頃によく動き、よく飛び込むのはなぜなのか

 本研究から得たもう一つの興味深い発見は、ハリガネムシが寄生した多くのカマキリが正午付近に入水することだった。正午付近はまた、歩行量を計測する室内実験で、カマキリが日中によく歩く時間帯でもあった。

 これらの結果は、活動量の上昇や水平偏光への誘引が、カマキリやハリガネムシの1日の生活リズム(概日リズム)と関係しており、その結果、入水行動が正午付近といった特定の時間帯に集中しているのではないか、といった新たな問いを投げかける。概日リズムは、ほとんどすべての生物が有する生理現象や行動の周期的変化である。寄生生物による宿主操作がそうした概日リズムにも関与するのだとしたら、宿主操作の研究は、生物学にとって、さらに興味深い研究テーマになるだろう。

 自然界に生きる動物は、光の強度や色、明暗、そして偏光など、多様な光を視る能力を進化させている。今回の研究は、動物たちのそうした能力を、寄生生物が巧みに操作し、自らの利益になる宿主の行動を引き出していることを示唆する世界でも初めての研究と言える。

 我々の研究チームでは、現在、そもそもカマキリは水平偏光を視るどういった仕組みをもっているのか? ハリガネムシはその仕組みをどのように操作しているのか? を調べ始めている。これらを明らかにすることは、寄生生物による行動操作の解明はもちろん、動物行動を制御する新たな仕組みの発見にも繋がるのではないだろうか。今回の研究は、そういった研究への大きな一歩と言える。

文=大林奈園、佐藤拓哉

大林奈園(おおばやし なその)

兵庫県立高校教諭。研究当時、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻の博士前期課程に在籍し、ハリガネムシ類が宿主の行動をいつ、どのように操作するかを実験により明らかにする研究テーマに従事した。

佐藤拓哉(さとう たくや)

神戸大学大学院理学研究科生物学専攻准教授。博士(学術)。日本生態学会「宮地賞」をはじめ、「四手井綱英記念賞」、「笹川科学研究奨励賞」、「信州フィールド科学賞」などを受賞。

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