水中遺跡の撮影は、一瞬一瞬が判断の連続

書籍『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』 から紹介 第3回

 他にも、丁寧に撮らなければならない所は泳ぐスピードを落として撮ったり、小さいくぼみや大きな沈没船の船体側面を撮影する時などは逆立ちしながら撮ったりと、水中遺跡の撮影はスピードだけでなく繊細な動きも要求される。一瞬一瞬が判断の連続だ。

 水中撮影作業が一度始まったら、私は足を全力で動かして前進しつつ、神経を指に集中して半押しを続けシャッターボタンを押すことを繰り返す。その間、オーバーラッピングを確保するための撮影頻度と、自分の位置に気を遣い、頻繁にキョロキョロ周囲を確認しながら基本的には全力で泳いでいる。

 ある同僚は、私のことを「まるでUFOが水中を移動しているみたい」と言う。端から見れば、不規則かつすばしっこく動きまわっているように見えるからだろう。

2018年、クロアチアのスペター・ツァブタッド沈没船での作業の様子。撮影しているのは山舩氏。(動画提供:山舩晃太郎)

保存処理は時間との闘い

 アンギラスはプロジェクトリーダーのコウツォウフラキス博士と同じくギリシャ政府の考古学庁に所属しており、普段は陸上遺跡から出土した遺物の保存処理や復元修理を行っている。
 遺物の引き上げを伴う水中考古学プロジェクトの場合は、必ず彼のような保存処理の専門家が1人は現地調査に参加する。引き上げた遺物の構成物質や状況を理解し、それに応じ様々な機材や薬品を使い分けることのできる保存処理の専門家の存在が、絶対不可欠なのだ。

 例えば水中に何百~何千年も沈んでいた木材は、細胞内の成分が外に溶けだし、代わりに水分が細胞内に入り込み、細胞壁がかろうじて木材の形状を維持した状態になっている。簡単に言えば水を含んだスポンジのようなものである。その木材が空気に触れて乾燥すると、蒸発時の水分の表面張力によって、木材の細胞壁が破壊され、グシャッと潰れてしまうのである。台所のシンクでカラカラに縮んだスポンジを見たことがあると思う。あれと同じだ。

 ただスポンジと違って、何百~何千年も水に浸かった沈没船の木材は、再度水に浸けたとしても元の形状には戻らない。適切な保存処理を行わないと、木材の形状や、表面に刻まれた造船時のマークやノコギリの跡などの貴重な考古学的情報が、永遠に失われてしまうのだ。

 鉄をはじめとした金属も、海中に長時間さらされることによって金属中の電子が海水の中で移動する時に海中の成分と反応してコンクリート化する「電食」という化学反応を起こし、不純物が周りに形成されてしまう。これを丁寧に処理しなければ遺物本体を傷つけてしまう。アンフォラや陶器も長年海に沈んでいたことにより、表面や小さなヒビから海水が侵入している。引き上げて空気に触れると、その海水が蒸発し、内部の塩分が結晶化し、体積膨張によって、遺物は内部から破壊されてしまうのだ。そのため適切な脱塩処理を行わなければいけない。

 アンギラスには専門家として「水中から引き上げた遺物は、その日のうちに保存処理を始めなければいけない」という信念がある。特にアンフォラの表面に残された模様や落書きは、とても貴重な考古学的情報だ。アンフォラに付着している海綿などの海洋生物は、海底から引き上げて数時間以内に専門の道具で綺麗に除去する。また水中から引き上げた遺物が、時間経過と共にどのように状態が変化しているかを詳しく記録するのも大切な仕事だ。