ギリシャの精鋭達

 ギリシャ到着後の最初の3日間は、アテネ市内でプロジェクトの準備のため奔走した。
 ピーターと私は、アテネ中を移動し道具を揃えた。空気タンクやダイビング機材、海底から引き上げた遺物が空気に触れて乾燥し潰れてしまうのを防ぐためのプラスチック製の水槽や、長年海水にさらされてこびり付いた海洋生物を取り除くためのエアースクライブという、歯医者が歯垢を取るのに使うような形の道具などを大型トラックに積み込み、フルニ島で使用する小型ボート3隻も、島で使用する車の後ろに取り付けた。

 この時のチームの8割はギリシャ人だった。トップは政府の考古学庁で働くコウツォウフラキス博士で、根っからの古代ギリシャ文明専門の考古学者である。
 ギリシャ人チームで一番多かったのが保存処理のメンバーで、専門家アンギラスと彼の弟子が6人程参加していた。その他はプロダイバーが6人程、小型ボートのキャプテン3人、水中写真家3人、そしてコウツォウフラキス博士の友人で、CADソフトウェアやGISソフトウェアが使える建築家や芸術家が3人ほど作業ダイバーとして参加した。

 一方でピーターの率いるチームは5人と少なく、ピーター以外には、私と、海洋生物学の学位を持っているダイビングインストラクターのディレック、アメリカの大学院の学生のマットと、彼の妻でイギリスで修士課程を修了したばかりのリーの1班のみで、これまでに発見した沈没船遺跡の現状をフォトグラメトリを使用し記録する。このチームの責任者として雇われたのが私だった。私以外の4人はRPM Nautical Foundationというアメリカの水中考古学調査機関に所属していた。

 最初から最後までフルニ島のプロジェクトに参加するのは、ここに紹介したうちの15人程で、あとはコウツォウフラキス博士の知り合いの研究者や、ギリシャの大学から考古学を専攻する学生達、プロジェクトに出資した企業の会社員などが代わる代わる1~2週間ごとの短期間でチームに参加することになっていた。メンバーが入れ変わることは珍しくないが、一度に合計20人以上が作業するのは規模としては最大だ。

つづく

フルニ島水中調査プロジェクトチームメンバー。(写真提供:山舩晃太郎)
フルニ島水中調査プロジェクトチームメンバー。(写真提供:山舩晃太郎)
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山舩 晃太郎(やまふね こうたろう)

1984年3月生まれ。2006年法政大学文学部卒業。テキサスA&M大学・大学院文化人類学科船舶考古学専攻(2012年修士、2016年博士号修得)船舶考古学博士。合同会社アパラティス代表社員。テキサスA&M大沈没船復元再構築研究室研究員。西洋船(古代・中世・近代)を主たる研究対象とする考古学と歴史学の他、水中文化遺産の3次元測量と沈没船の復元構築が専門。

沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う

英語力ゼロなのに単身渡米、ハンバーガーすら注文できず心が折れた青年が、10年かけて憧れの水中考古学者に。その日常は驚きと発見の連続だった! 指先さえ見えない視界不良のドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を追い、エーゲ海で命を危険にさらす。まだ見ぬ船を追うエキサイティングな発掘記。

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