映画とは違う? 最後の海賊ブラック・バートの実像

 この人物こそ、かの有名なブラック・バートことキャプテン・バーソロミュー・ロバーツだ。彼は海賊として史上まれに見る成功を遂げた。ブラジル沖のポルトガルの宝船や、ニューファンドランドの氷の海を航行する漁船、ギニア湾の王立アフリカ会社の奴隷船など400隻以上の船舶を略奪。全盛期には4隻の船団を束ね、手下の数は500人を超えた。

 ロバーツは大胆不敵であると同時に、自分の流儀を持っていた。彼は海賊として生きると決めた時から、腹をくくっていた。「海賊はたんまり稼いでたらふく食って、愉快で気楽さ。自由と権力だって手に入る。いや、とにかく太く短くが俺のモットーだ」

スクーナー型の帆船がオクラコーク入江を通り過ぎる。ロバート・メイナード大尉はここで2隻のスループ船に乗った60人の部下を指揮し、黒ひげを待ち伏せして殺した。頭は船首から吊るし、体は海に放り投げた。(ROBERT CLARK)
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 海賊に関するエピソードは、次の2冊の本から引用されることが多い。英国の海賊ヘンリー・モーガンとともに航海したフランスの冒険家アレクサンドル・エスケメランが著した『アメリカのバッカニーア』(1678年)と、キャプテン・チャールズ・ジョンソンという人物が書いた『英国海賊史』(1724年)がそれだ。ベストセラーとなったこの2冊は、後世に多大なインスピレーションを与えた。ディズニーの『パイレーツ・オブ・カリビアン』の脚本家や、名作『宝島』の著者ロバート・ルイス・スティーブンソンも影響を受けている。

 海賊たちはそれなりの人物にも見えた。古い挿絵には、ジェームズ1世時代風のダンディな出で立ちで描かれている。もちろんブロケード織の美しい衣服は買ったわけではなく、標的にした船のお偉方や紳士から奪い取ったものだ。武器も同じように手に入れた。ただし、持つのは一流の品だけだ。「武器に関しては非常にこだわりが強く、その美しさと豪華さを年中競い合っていた」と、ジョンソンは記している。

 もちろん、すべてがディズニー映画と一緒だったわけではない。現実は物語とは違う。たとえば、目隠しをした捕虜たちに舷側に突き出た板の上を歩かせるようなことはなかった。この古典的な処刑方法を世に広めたのはピーターパンの著者、J・M・バリーだ。フック船長がウェンディと迷子たちを海に落とそうとする場面で有名にした。おそらく、海賊たちが実際に娯楽として行っていた吊るし刑や、「目が卵のように飛び出すまで」ロープで頭を締め付ける恐ろしい拷問は、子供が読む本には刺激的すぎるとバリーは考えたのだろう。

 海賊が宝物をどこかに埋めたというのも作り話だ。手元にあれば、ジャマイカのポートロイヤルなどの酒場で飲んだくれ、使い果たしてしまったはずだ。この港は海賊ヘンリー・モーガンの母港で、最盛期の1660年代は世界でいちばん堕落した場所だったという。「女を裸にするためだけに、500ピース・オブ・エイト(スペイン銀貨)を払い、3か月後に借金のかたに売り飛ばされたやつもいた」とエスケメランは書いている。

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