ナショジオ的「大英自然史博物館展」に行ってみた。写真27点

 続いて、先に書いた二名法の考案者であるカール・リンネの最初の著書『自然の体系』です。1758年の第10版。

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 実際にリンネが研究に使ったフタバチャルメルソウ(左)とカエンキセワタ(右)という植物の標本もありました。

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カール・リンネ
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 18世紀の標本なのに、状態のよさに驚くばかり。

 18世紀にリンネが分類した植物の多くは、この標本も含め、ジョージ・クリフォード3世という人物の庭園で栽培されていたものでした。

 リンネの二名法は、大航海時代最後の探検家と言われるキャプテン・クックに同行し、のちに英国王立協会の会長も務めた植物学者のジョゼフ・バンクスなどにも支持されたこともあり、植物界だけでなく生物全体に採用されるようになります。

>「リンネ 植物にかけた情熱の人」

 展示の順番は少し前後するのですが、ジョゼフ・バンクスがキャプテン・クックのエンデバー号に乗った際に持ち帰った植物のひとつがこれ(右)。

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ジョゼフ・バンクス。イケメンだ!
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 採集場所はニュージーランドで、ハマゴウの一種だそう。バンクスが欧州に初めて紹介した1000を超える植物の1種です。

 ハンス・スローン卿と並んで、大英自然史博物館に絶対に欠かせなかった人物の1人がリチャード・オーウェンです。ちなみに巨鳥の骨格はニュージーランドの絶滅した飛べない鳥モア。

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若き日のオーウェン。時は人を変えます。
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 彼は19世紀を代表する比較解剖学者で、「恐竜」という言葉の発案者でした。また、その膨大な知識から、上の絵でオーウェンが手にしているたったひとつの骨からモアが絶滅した飛べない鳥であることを見抜きました。

>「ダチョウは恐竜絶滅で飛ぶのをやめた?」

 リチャード・オーウェンこそ大英博物館から1881年に自然史部門を独立させた人物でした。ダーウィンもオーウェンの協力なしには『種の起源』にはたどりつかなかったかもしれません。何しろ、ビーグル号で世界を航海していた若きダーウィンは、旅先で見つける化石の同定を5歳年上のオーウェンにすっかり任せていたのですから。ダーウィンが博物館のスター選手だとすれば、オーウェンは監督といったところかもしれません。ダーウィンとオーウェンの関係は以下の特集に詳しく書かれています。最後には対立したりして、なかなか面白いです。

>「ダーウィンの着眼」
>「進化の父を継ぐ者たち」

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