カメは萬年じゃなくて10年

 津波の後、調査中の宿泊場所は無人島、もしくは仮設住宅やアパートで、畳の数と人数が同じになる日もしばしばあった。時にはドラえもんのように押し入れの中で寝る者もいた。研究棟は3階部分だけが整備されて、使える様になった。カメを一時飼育する水槽には、仮設置したポンプで海水を引き入れた。2018年にようやく国際沿岸海洋研究センターの研究棟が高台に再建され、快適なゲストハウスも完成した。

 津波の前も含めて十数年間にわたって調査を継続し、ウミガメの生態が次々と明らかになってきた。

 例えば、海中を泳いでいる間にしばしばプラスチックゴミに遭遇したが、その反応は種によって異なっていた。普段、クラゲなど動きのある動物を食べているアカウミガメは、じっくりと見定めてレジ袋をスルーした。一方で、波間に漂う藻類を主食とするアオウミガメは、遭遇するプラスチックゴミに噛みついて、飲み込んでしまう様子がビデオに映っていた。

 2018年に岩手県の定置網で捕獲されたアカウミガメ亜成体の体内からは、10年前に屋久島で孵化した際に挿入された標識が見つかった。アカウミガメが10年間で甲長60cmになるまで成長したことを示す世界初の証拠だ。

1年間にわたって回遊経路と経験水温を送信してくる人工衛星発信器を取り付けられたアカウミガメ。エポキシ樹脂で接着した装置は2年以内に脱落する。(写真提供:佐藤克文)
1年間にわたって回遊経路と経験水温を送信してくる人工衛星発信器を取り付けられたアカウミガメ。エポキシ樹脂で接着した装置は2年以内に脱落する。(写真提供:佐藤克文)

 全く想定外の発見もあった。バイオロギングは、動物が暮らす海洋環境測定にも有効だったのだ。

 例えば、人工衛星発信器を取り付けてから放流したアカウミガメは、約1年間にわたって外洋を数千キロメートルも回遊していた。深度数十メートルから300メートルほどの潜水を繰り返す間に経験した水温を、呼吸のために水面に上がってきたタイミングで、背中の発信器からほぼ毎日人工衛星経由で送ってくるのである。

 海表面水温であれば人工衛星を使って測定されているが、水面より下の水温データはとても貴重だ。得られたデータを海洋物理の専門家である宮澤泰正さん(JAMSTEC)に提供し、大型計算機内に構築される物理モデルに入力してもらったところ、黒潮と親潮が複雑に混ざり合う東北沖合海域の暖水塊や冷水塊の3次元的な形を、より正確に把握できるように計算結果が改善されるという成果が得られた。

オオミズナギドリは風見鳥

 子育て期のオオミズナギドリにGPSを取り付けたところ、普段は日帰りで繁殖地がある無人島周辺で餌をとっていたが、時々北海道東部海域まで1週間ほど出かけていることが分かった。襟裳岬から戻ってくる時、遠回りになる海岸線沿いではなく、はるか数百キロメートル先にあるはずの無人島に向けた直線ルートを飛び始めていた。

JAXAの成岡優さんに作ってもらった超小型フライトレコーダー(ニンジャスキャン)を搭載されたオオミズナギドリ。年に1回ある換羽期に装置は脱落する。(写真提供:後藤佑介)
JAXAの成岡優さんに作ってもらった超小型フライトレコーダー(ニンジャスキャン)を搭載されたオオミズナギドリ。年に1回ある換羽期に装置は脱落する。(写真提供:後藤佑介)

 さらに、何の目印も無い外洋上で、横風を受けている場合には風上側にいくらか頭を向けて飛び、結果的に真っ直ぐ目的地に向かうといった、驚くようなナビゲーション能力を持っていることも判明した。これを発見した(押し入れに寝ていた)大学院生の後藤佑介は、東京大学総長賞を受賞した。

 水平方向に飛ぶ際の時速は平均35キロメートルで、遅いときは時速20キロ、速いと時速60キロにもなる。それとは別に、時速10キロメートル以下でゆっくりと移動する時もあった。始めは気にもとめていなかったが、共同研究者の依田憲さん(名古屋大学)がこのゆっくりとした移動は、着水している時に流される速さ、すなわち海表面流の速度を表しているのに気がついた。

次ページ:津波の次はコロナ

おすすめ関連書籍

2021年3月号

魅惑の火星を探る/私は死刑囚だった/1本の線と国境紛争/消えるドッグレース

NASAの新しい探査車が火星への着陸に成功しました! 中国やUAEの探査機も相次ぎ火星へ到着し、これから火星の探査が加速しそうです。3月号の特集は「魅惑の火星を探る」。最新探査車の詳細なグラフィックほか火星の今がわかる30ページの大特集です。このほか「私は死刑囚だった」「消えるドッグレース」などの特集を掲載。特製付録は太陽系マップです!

特別定価:1,280円(税込)

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る