東北地方を中心に甚大な被害をもたらした2011年の東日本大震災。被災したなかには、岩手県大槌町の海辺にある研究所もあった。動物たちに記録装置を取り付けるバイオロギングという手法により、その知られざる生態の解明に挑み続け、2009年にはナショナル ジオグラフィックのエマージング・エクスローラーにも選ばれた東京大学大気海洋研究所の佐藤克文教授がつづる3.11とその後の10年間――。
無事だったモノは鋏だけ
すべてがうまく進んでいた時に、あの地震が起こった。その時、私たちはオーストラリアのタスマニアで開催されていた国際シンポジウムに出席していたおかげで無事であった。しかし、海辺にある建物の3階まで水が達し、1階の海側に面した私の研究室は、脱水が終わった洗濯機の中のような惨状であった。大学院生の頃から蓄えてきた本やノートは全てダメになり、父から譲り受けた祖父伝来の鋏のみ、唯一瓦礫から拾い上げて使えるようになった。
幸いだったのは、私がとりためてきたデジタルデータが、オーストラリアに持っていったノートPCの中で無事だったことである。この経験を経て、携帯電話すら持たないそれまでの昔気質の研究スタイルを大きく悔い改め、調査で得られる全データをクラウド上に保存するIT重視へ方針を転換した。
2011年の東日本大震災によってすっかり有名になってしまった岩手県大槌町。そこに赤浜のトーダイと地元民から呼ばれる臨海実験所があることはあまり知られていない。
東京大学大気海洋研究所の付属施設である国際沿岸海洋研究センターが、町内の赤浜地区に1973年に建てられた。常駐の研究者が10名ほど、学生も加えて総勢20名ほどが海洋の生物・物理・化学に関する研究を進めている。私は2004年に准教授としてそこに赴任して以来、周辺に生息する海洋動物を対象としたバイオロギング研究を進めてきた。
長期におよぶフィールド調査を日本でも
バイオロギングというのは、直接観察するのが難しい海の動物に記録装置を取り付けて、生態を調べる手法のこと。野生動物を生け捕りにして、装置を取り付けた後に一旦海に放つ。数日から数週間後にもう一度その個体を捕まえ、装置を取り外してようやくデータが得られる。
2度もヒトに捕まってくれる野生動物というのはなかなか珍しい。南極のアザラシやペンギンは、陸上に捕食者がいないために襲われた経験が無く警戒心が薄いので、近づいてくるヒトをあまり怖がらず、バイオロギング調査には好都合。だからバイオロギングはまず南極で始まった。
私自身、国立極地研究所の助手時代より、日本の昭和基地を始め、フランスやアメリカの南極基地や亜南極基地を訪れて、アザラシやペンギンを対象にバイオロギングを進めてきた。世界各地のフィールドで国際共同研究を進めていく中で、数十年もの長きにわたって動物の個体数を数えたり、個体識別がなされている調査地がいくつか存在するのを知った。
例えば、アメリカ南極基地周辺で繁殖するウェッデルアザラシは、ほぼ全個体に標識がつけられ、番号をみただけでいつ産まれた誰の子であるのかがたちどころに分かる。「日本にもそんなフィールドを立ち上げたい」、そんな思いを胸に秘めつつ大槌町に赴任した。
「ウミガメならしょっちゅう獲れる」
着任早々、定置網漁船に乗せてもらった。漁業の盛んな岩手県沿岸には多くの大型定置網がある。漁師さん曰く、「ウミガメならしょっちゅう獲れる」とのこと。ウミガメは私が学生時代に最初に取り組んだ対象動物だ。「もし獲れたら是非御連絡下さい」。そんなお願いをしたが、結局連絡は無かった。「リップサービスだったのだろうか?」
2年目に一人の大学院生、楢崎友子が大槌町にやってきた。「ひょっとして……」とひらめくものがあり、一緒に漁師さんのもとへ行き、「カメが獲れたら、彼女の方へ連絡して下さい」とややお願いの仕方を変えてみた。すると……。
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