津波にあった大槌の研究所、海洋動物研究の3.11とそれから
漁師の朝は早い。どちらかというと夜型の生活スタイルだった彼女に、早朝のモーニングコールで叩き起こされる健康的な日々が訪れた。初めは漁師さんも興味本位だったかもしれない。しかし、足繁く魚市場に通い、カメがいない時期も大槌にこもり、大漁祈願のお祭りにまで顔を出す楢崎の本気度が伝わり、鉄の信頼関係が構築された。かくして大槌町に世界でも稀なウミガメ調査フィールドが立ち上がった。
毎年6月から10月にかけて、アカウミガメとアオウミガメが岩手県沿岸に来遊してくるのが判明した。甲羅の長さはアカウミガメが平均60センチ、アオウミガメが45センチほどで、いずれも性成熟に達する前の亜成体が主であった。大槌周辺海域は、ウミガメが青春時代を過ごす場所だったのである。
世界中にウミガメ研究者はいるが、いずれも産卵のために雌が上陸してくる熱帯や亜熱帯にある砂浜を中心に調査がなされている。孵化した子ガメが砂浜を旅立ってから、再び産卵場へ戻ってくるまで、いったい何年かかるのか。その間どこを回遊してどんな暮らしをしているのかはほとんど分かっていない。
だから、毎年50頭以上のウミガメ亜成体を生きた状態で確保できる意義はとてつもなく大きい。漁師さんからウミガメを受け取り、国際沿岸海洋研究センターの屋外水槽でしばらく飼育して実験した後、個体識別用の標識とバイオロギング装置を付けて放流した。
従来貝やカニなどの底生動物を食べているとされていたアカウミガメが、実は岩手周辺海域ではクラゲを主食としていることも、背中にカメラを付けるバイオロギングで明らかになった。調査を立ち上げた楢崎は無事博士号を取得し、後輩も増え、ウミガメチームの面々は、スターバックスもマクドナルドもない大槌町で、青春時代の数年間を費やして、嬉々としてウミガメ調査に勤しんだ。
そんなタイミングで津波はやってきた。
背中を押されたリスタート
2011年3月11日の津波から半年ほどは、大気海洋研究所がある千葉県柏市からしばしば大槌に通い、瓦礫撤去などの後始末に追われた。
4月7日には阿部さんのお見舞いに行った。我々が大槌で扱っているもう1つの対象種であるオオミズナギドリの調査を行うのに、無人島まで漁船で渡してくれていた漁師だ。
阿部さんのお宅は、かろうじて津波を逃れたが、港に係留していた船や漁具はおおかた失われてしまった。ところが、私と大学院生の顔を見た阿部さんは、なぜだか少しだけ嬉しそうに「こっち、こっち」と手招きをする。曰く「大きな船は流れてしまったが、小さい船は見つかった。だから今年も海鳥調査はできる」とのこと。こんな状況で海鳥調査をやりたいなど、我々からはとても切り出せずにいたのだが、そのように言われてしまったら悩む余地は無い。
2011年9月も、いつもの年と同じようにオオミズナギドリ調査を継続できた。ウミガメ調査でお世話になっていた定置網は、津波で流れてしまった。しかし2012年には復活し、ウミガメ調査も再開できた。
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