それを聞いたら手で食べないわけにはいかない。麺と肉をガツッとつかみ、口へと運ぶ。なんと肉のやわらかいこと。ほろりと崩れ、しかも脂がジューシーなので麺とよくからむ。味付けは塩コショウとシンプルだが、そのぶん肉や野菜のうま味が舌に伝わってくる。この素朴な味わい深さこそ、遊牧民の料理だ。
「キルギスでは大きなお皿に盛って、囲んで食べるんです。都会の集合住宅とかでなければ、たいていの家には庭に窯があって、パーティーの時は女性たちが集まり、直径1メートルほどの大鍋でつくります。キルギスは男性と女性の食卓が別なんですが、それぞれのテーブルの中央にお皿を置いて、そこから手づかみで食べるんです」
キルギス人はパーティーが好きで家族親戚はもちろん、両隣と向かいの家族の誕生日なども一緒に祝うという。その時に欠かせないのが、このベシュバルマクなのだ。
「我が家は朝鮮系ですがキルギス料理もよく食べました。キルギスでは9~10歳の頃から料理を手伝うのが普通で、私もそうやって料理を覚えましたが、ベースは朝鮮半島の料理でもどこかにキルギスやロシアのテイストが入っていましたね」
そう話すインナさんは移民3世。おじいさんの代に朝鮮半島からロシアの極東部に移住したという。朝鮮半島の人たちのロシアへの移住は19世紀半ば頃に始まった。飢饉による食糧難から新天地を求めてのことだ。さらに20世紀に入って日本の統治下になると、その抑圧から逃れるためにロシア領への移民が増加したという。
「私のおじいさんもロシアに行けば畑がもらえると聞いて移住したそうです。玉ネギやスイカをつくっていました」